たるさんの部屋UPしました

 

〔たるさんの部屋〕      <秋の初め号>   H・26・10・15

  秋祭りの季節です。
 だが41歳厄年に大病をしてから屋台を担ぐことができず祭りには参加できません。
 悲しいかな、、毎年秋祭りの連休はサッカー三昧で寂しさをまぎらわせています。

◆4年は兵庫県少年サッカー大会姫路予選を優勝して県大会を出場決定!(11月15、16日)
◆6年は夏の終わりに近畿スポーツ少年団大会を制覇して県大会予選でベスト4に残り
 決勝リーグを戦ってます。
◆ヨッシー(吉田)率いる津田Jrユースは県中学選手権に姫路代表として出場。
 1回戦で惜しく負けましたが持っているものを十分出して引退していきました。
◆津田社会人トップは県リーグ後期なんと1引分から5連勝!3位に躍進(想定外?)

◆姫路高校は6月から真剣に高いステージをめざす気になり1、2年新チーム結成
 わずか4ヵ月足らずで兵庫県高校サッカー選手権出場を獲得できました。
 大会初日まで1週間。先日抽選会に2年ぶり出席。やはりいいものです。
 1、2年で選手権独特の雰囲気を味わうこの経験は大きいし今後の財産になります。
 初戦長田高は県リーグ常連(今年は参入戦)の実力校で相手には不足はありません。
 市姫の選手には失う物はなく持っている全て出してどのくらいできるか楽しみです。
 気持ち的には西播地区予選初戦の淳心戦や代表決定の飾磨高戦より気は楽です。
 代表決定戦の対戦校飾磨高主力の3年間の県大会出場にかける思いに負けないように
 対戦日が決まってから2週間「500本」走り込みましたが中学を出たての1年生は
 鍛えてないためボロボロの状態になりましたが苦しんで苦しんで勝ち取りました。
 今回も県大会出場決定から1回戦に向けて3週間余りで「1000本」を走りきって
 チームが「一つ」になり「やり切り(達成)感」を共有し戦いに望もうと思います。

◇まだ市姫サッカー部を指導して短いですが「たるさんイズム」を浸透させたいです。
 うまい選手やうまいチームはどこにでもワンサといます。
 強いチームは意外に少ないです。強いチームは勝つ、すなわち勝つチームが強い。
 「押していたけど、、、うちのペースやったな、、あれさえ入っていれば、、、」
 とよく耳にする。これって、、、負けている言葉(言い訳に聞こえる)だと思います。
 ジュニア(少年)やジュニアユース(中学)の育成年代と違いユース年代や大人では
 勝つことに「こだわり」を持たないとダメだと常々いや一貫して思っています。
 負けたら悔しい(品がよくないがムカツク、腹が立つ、受け入れるのに時間が、、)

◇私は少年やJrユース年代でも「負けず嫌いの子」は育てたいと思っています。
 負けて「あっけらかん」としたり淡白な子はイヤです。負けたら泣かないと、、、、
 恥ずかしいですが(まだまだ人間ができていない私)大きな大会で負けたら部屋を
 真っ暗にして泣いたり何日間も夜通し寝られずに落ち込んだりしています今も。
 「どうして一生懸命に部員ががんばっているのに勝たせてやれなかったのか?」と。
 いやどんな大会でも練習試合でも少年の試合でさえ負けたら悔しいです。
 今の市姫路高サッカー部1、2年にもこの精神(魂)を植えつけたいです。
 さわやかな挨拶を基本に、行動は「きれいで、機敏に」練習は「一所懸命ひたむき」
 をベースに「負けず魂」を浸透させたいです。相手に立ち向かう不屈の精神力を。
 試合開始からずっと競り続ける、拾い続ける、奪い続ける。絶え間なく続けること。
 あきらめない。やり続けるひっつこさ。「畜生、やったる!負けへんで」
 何点取られようが「クソー!!このまま終わらへんで... 」と。
 簡単に引き下がらず「何か」をつかんで将来の人生に役立たせたい。
 相手が「まだ向かってくるか?」と相手が弱音を吐くほどに向かっていく。

※「たるさんのチームやなぁ~」「たるさん復活やなぁ~」と思わせる戦いを
 新生姫路高サッカー部が県大会で印象づけてきます。  乞!期待を!!

 

樽さんの部屋UPしました。

 

<たるさんの部屋>                 2014’夏号

         夏休みを振り返って
             
●ジュニア(少年)
               <大山合宿>
  忘れられないのはやはり「大山合宿」熱中症の心配どころか今年は雨の連続。
  子どもたちが経験したことのない横なぐりで前さえ見えない大雨。
  そんな中でも必死に声を出し水しぶきをあげながら走りまわり、時には
  スライデング、飛び込んでヘデングなど(幸い人工芝で救われたが、、、、)
  甘く、ゆるく、がまんや辛抱なんて全くない最近の子どもたち。
  すぐに「ムリ、できへん」とあきらめてしまう。
  そういう弱い子どもにしてしまったのは我々大人(親)かも知れない。
  ふだんのわがままな生活とは一変。豪雨の3日間。きっと強烈な思い出として
  子どもたちの心に刻み込まれたと思う。この思い出こそ貴重な宝物。
  私にわめかれ「帰れ!」と怒鳴られ投げ飛ばされて(これは体罰ですね)
  その子らが泣きながらついてきた(抱きしめてやりたいくらい頑張ってきた)
  こういう役目こそが私の仕事だと毎年思っている。
  スタッフも一切手を抜かず妥協を許さない。妥協こそ子どもをダメにする。
  こうしたスタッフの頑張りと子どもとのつながりを保護者も理解していただくと
  嬉しいし安心して指導できるしやり甲斐があるものです。
  怒るだけではなく遊ぶ時も「一所懸命に」思い切り楽しむことも津田の特長。
  学年毎に用意したレクレーションの出し物で盛り上がり私と5年との「笑点」や
  たるさんスペシャルライブで事前に十分準備した手品、紙芝居は大いに沸いた。
  風呂桶がそろっている。トイレのスリッパも。食事の準備も片付けも自分たちで。
  ハッキリしたきれいな声で「挨拶」。やらさないと何もできない。やればできる。

      <朝練>と<県予選姫路リーグ>と<姫路市民大会>
  大山合宿の頑張りもそうだが夏休み6時半すぎから日々努力している成果が出て
  兵庫県大会姫路予選リーグで4、6年ともベスト4トーナメント進出を確実に。
  各招待試合でもしっかり結果を出すようになったのはその賜物であると言える。
  県大会姫路予選リーグはベストに近いメンバーで戦っているが
  9月から始まる姫路市民大会は県大会につながらないので頑張りをみせている
  メンバーにもチャンスを与えてやりたい。これも楽しみ。

      <近畿スポーツ少年団サッカー大会優勝!!>
  ここ5年のうち4回目の近畿スポーツ少年団大会出場で念願のブロック優勝。
  津田サッカークラブ創部「40周年」に華を添えてくれた
  特にエース「佐々木貴哉」がチーム総得点17点を全て決めてくれ優勝の原動力と
  なってくれた。
  佐々木貴哉は個人でもUー12ナショナルトレセン(関西地区代表)に選ばれ
  将来性を有望しされ、私の元から巣立った5人目のJリーガー誕生、いや
  播戸竜二に続く日本代表となりうる逸材かも知れない。
  みなさん方もぜひ彼を気にかけていただき見守って下さい。

●ジュニアユース(中学)
  最終目標である「高円宮杯」の姫路代表として県大会へ3チーム出場できる
  ブロック優勝まであと一歩(予選1回戦9ー0、2回戦4ー0)。
  ヨッシー(吉田)コーチが手間ヒマかけて作り上げた個人技中心の意外性のある
  中体連チームにはなかなかみられない創造性豊かでおもしろいサッカー。
  この学年は津田以外の多くの少年チームが26名も登録してくれタレント(才能)
  豊かな子どもたちも多くいる。次の6日(日)には決めてくれずはず、、、、
  そして兵庫県大会で大ブレークを期待している。

 

   ●姫路高校はいうと、、
   5月のゴールデンウィーク時の県総体が終わると3年は引退という伝統。
     (さぁこれから、、というのに勉強?を理由に、よーわからん)
   人生で一番輝く青春に「力一杯何かをやりとげ何かを得ることが大切」と思うが
   親の目(世間、周り)が怖いのかも、、、もったいないし人生やり直せないのに。
   早速5月下旬に1、2年で新チームスタート。私も姫路高校に赴任して1年少し。
   それこそフゥアーとゆったりした仲良し集団にどっぷり漬かってしまった。
   退職(65歳)まであと1年半。このままで姫路高校サッカー部を去ることは
   できない。そして最初のミーテングでは私の「負けず魂」もフツフツと蘇り
   「もっと上へ、高いステージへ行こう、出し切ろう、ついてくるか?」と。
   夏休み一気にとばそうと早めに4回目のペースメーカー交換手術を受けて
   「さぁー」と退院したものの体調が思わしくなく7月末まで再検査の繰り返し、、
   (やはり焦らずボチボチやれと神様が、、、、)
  *全国の強豪校に成長した鳥取県米子北高がお盆休みにもかかわらず
   1、2年のBチームではあるが大山合宿先にまで来ていただき対戦。が6失点。
   長いお付き合いで私の大好きな下山、田淵先生率いる岡山ファジアーノ(J2)
   ユース1年には7失点。長い間苦しんでいたが地道にチームを作られ今や兵庫の
   上位高までに成長された津田SC卒の田村先生率いる明石商業高校に実に9失点。
   余りの大量失点の負け方に笑うしかないが、、、
   「チームの初め頃はボロ負けの連続やったな、あの日があったから今がある」と
   言える日が来るように。さぁこれから、、、期待していて下さい(有言実行)
  *プロレフリー(国際審判)を始め対戦相手の監督や指導に来ていただいた方々から
   試合後生き方、考え方、サッカー論を語っていただいた。
   姫路高の良さは「いい大人」と出会えるとは話が気持ちよく聞ける、吸収できる。
   それを実践する能力が高い。そのあたりは凄いと思う。ぜひ伸ばしてやりたい。
  *9月6日(日)から始まる高校サッカー選手権西播予選。
   1、2年の新チームで県中央大会に出場できたらすっごい経験になる。
   私も32年連続県中央大会出場していたがここ2年悲しいかな、行けていない。
   ぜひ連れていってやりたいが、、、、やるのは生徒。気持ちがどこまで、、、。

 ●社会人
  ◇エストレラ姫路が県1部◇津田サッカークラブトップが県2部に所属。
   前期は中位で低迷している。優勝争いにからんでくると期待をしたいが、、、
   絶対的な練習量が足りない。練習しないで勝ってはいけない。そう甘くない。
   3年たてばチームの「柱、芯、核」が見えてくるがそれが見えない。
   走れて「本気でチームを愛し頑張れる卒業生」が戻るまで県リーグ維持して
   市リーグに落ちないレベルが精一杯のような気がする。奮起を期待したいが、、、

 ●エストレラ姫路ユース、ジュニアユース
  ◇ユースは大好きなサッカーが辞めたくなるほど苦しんだ。たび重なる惨敗で。
   でも松本先生によると「この夏死ぬほど走り込んでいる」と。そうなんです。
   私の40年の持論ですが走らないと何も始まらないし何も生まれないのです。
   苦しんだ分絶対に得るものはあるはず。まじめで一生懸命で練習を見ていても
   気持ちがいい集団。きっと努力は報われる、、、だから信じて戦ってほしい。

  ◇ジュニアユースは清水監督が徹底して個人技を焦らずじっくり指導してきた。
   それが今実ろうとして集大成へ。
   夏は東福岡高(本年度全国総体優勝校)に長期合宿を張って強化をしてきた。
   高円宮杯はシードのため県大会から出場だが久しぶりに「全国」が狙える一番に
   近い位置にいる。ぜひ期待して結果を楽しみに待っていて下さい「夢は叶う」

 

ペースメーカー交換手術を受けて
   「さぁー」と退院したものの体調が思わしくなく7月末まで再検査の繰り返し、、
   (やはり焦らずボチボチやれと神様が、、、、)
  *全国の強豪校に成長した鳥取県米子北高がお盆休みにもかかわらず
   1、2年のBチームではあるが大山合宿先にまで来ていただき対戦。が6失点。
   長いお付き合いで私の大好きな下山、田淵先生率いる岡山ファジアーノ(J2)
   ユース1年には7失点。長い間苦しんでいたが地道にチームを作られ今や兵庫の
   上位高までに成長された津田SC卒の田村先生率いる明石商業高校に実に9失点。
   余りの大量失点の負け方に笑うしかないが、、、
   「チームの初め頃はボロ負けの連続やったな、あの日があったから今がある」と
   言える日が来るように。さぁこれから、、、期待していて下さい(有言実行)
  *プロレフリー(国際審判)を始め対戦相手の監督や指導に来ていただいた方々から
   試合後生き方、考え方、サッカー論を語っていただいた。
   姫路高の良さは「いい大人」と出会えるとは話が気持ちよく聞ける、吸収できる。
   それを実践する能力が高い。そのあたりは凄いと思う。ぜひ伸ばしてやりたい。
  *9月6日(日)から始まる高校サッカー選手権西播予選。
   1、2年の新チームで県中央大会に出場できたらすっごい経験になる。
   私も32年連続県中央大会出場していたがここ2年悲しいかな、行けていない。
   ぜひ連れていってやりたいが、、、、やるのは生徒。気持ちがどこまで、、、。

 ●社会人
  ◇エストレラ姫路が県1部◇津田サッカークラブトップが県2部に所属。
   前期は中位で低迷している。優勝争いにからんでくると期待をしたいが、、、
   絶対的な練習量が足りない。練習しないで勝ってはいけない。そう甘くない。
   3年たてばチームの「柱、芯、核」が見えてくるがそれが見えない。
   走れて「本気でチームを愛し頑張れる卒業生」が戻るまで県リーグ維持して
   市リーグに落ちないレベルが精一杯のような気がする。奮起を期待したいが、、、

 ●エストレラ姫路ユース、ジュニアユース
  ◇ユースは大好きなサッカーが辞めたくなるほど苦しんだ。たび重なる惨敗で。
   でも松本先生によると「この夏死ぬほど走り込んでいる」と。そうなんです。
   私の40年の持論ですが走らないと何も始まらないし何も生まれないのです。
   苦しんだ分絶対に得るものはあるはず。まじめで一生懸命で練習を見ていても
   気持ちがいい集団。きっと努力は報われる、、、だから信じて戦ってほしい。

  ◇ジュニアユースは清水監督が徹底して個人技を焦らずじっくり指導してきた。
   それが今実ろうとして集大成へ。
   夏は東福岡高(本年度全国総体優勝校)に長期合宿を張って強化をしてきた。
   高円宮杯はシードのため県大会から出場だが久しぶりに「全国」が狙える一番に
   近い位置にいる。ぜひ期待して結果を楽しみに待っていて下さい「夢は叶う」

 

たるさんの部屋UPしました!

たるさんの部屋
               「無事帰還しました」

  いっぱいの人に気をつかわせました。無事帰ってきましたので報告を、、、

・1991年:余命を切られ生死を彷徨(さまよ)いペースメーカー埋め込み手術で
       一命を取りとめました。リハビリと長期通院を繰り返しなんとか
       生きる希望を持ち(みんなに助けられながら)今に至ってます。

・1998年:琴丘高を県高校サッカー選手権決勝へ進出させ、少し疲れが、、、
 (1回目) ペースメーカー取り替え手術で一休みまさに「充電」

・2006年:琴丘高が県高校総体決勝延長戦まで。日本代表岡崎にヘッドを決められ
 (2回目) 一方では学年主任を任され、エストレラを立ち上げ5年目で理事長へ。
       津田サッカークラブ少年部も充実しはじめこの頃姫路では敵なしに。
       カウンセリング資格試験にも合格した時期。これまた少し疲れが、、
       ペースメーカー取り替え手術で休養で心も癒し意識を改革。

・2014年:3回目で慣れたとはいえ、、、また今回はややこしく、、、
 (今回)  今は姫路高校という職場になり少しは慣れ定年(65歳)までわずか、、
       「熱くメラメラ燃える戦う魂」に火がつきそうで、そういう気持ちに
       させてくれている市姫サッカー部に何かを返さないと。。。。
       最後の高校サッカー今までにない強烈な「市姫サッカー部」誕生を
       楽しみにして待っていてください。このまま終わりませんので。。、、

◇入院手術をする1週間前の週末には
 津田ジュニアが全日本兵庫県大会予選リーグ「2勝1分」得失点差でわずかに、、、
 現場で見れずビデオで見ても強豪神戸センアーノを2ー1でリードしあとわずかで、、
 子どもも保護者もスタッフも涙、なみだ、ナミダ、、、

◇同日。まじめで一所懸命さで私に力を与えてくれてたエストユースが夢の「全国」
 をかけてヴィッセル神戸ユースに全力でぶつかるも力及ばす1ー3。

◇前日は神戸で「Fの会」という県内の指導者研修会に講師として招かれて40年間の
 「生きざま」をお話させてもらった。こんな私の話を聞いていただけるだけで、、、

◇そして退院日と翌日には津田ジュニアが昨年逃したここ5年で4回めの近畿大会出場
 (スポーツ少年団県大会ブロック優勝)を果してくれ退院祝いをしてくれた。
 さぁ、やるぞ!と元気をくれ確かに成長している子どもたちに姿に感謝。

*津田社会人もトップを中心に老体にムチ打ってがんばっている。
 今春県社会人リーグ2部昇格も前期はいい戦いはすれど結果が出ず下位に低迷。
 平均年齢が高く厳しい状況だが高年齢の者から意欲、意識が高く「有言実行」と
 しっかりトレーニングを積む姿に胸を打たれる。
 努力は「嘘」をつかないし若手、後輩たちに「誠実に生き、まじめにやる姿」を
 見せてくれ大人として男としての生き方を示してくれてのが嬉しく頼もしい。
 きっと若者たちも心が動いて「気づき」続いてくれるものと信じている。

 「津田」が40年間続いているのはきっとこういう者たちの存在があり、
 キンダーから少年、ジュニアユースなどをボランティア精神で育ててくれる
 メンバーが「人のため」にしてくれるからだと思う。

 

たるさんの部屋
               「無事帰還しました」

  いっぱいの人に気をつかわせました。無事帰ってきましたので報告を、、、

・1991年:余命を切られ生死を彷徨(さまよ)いペースメーカー埋め込み手術で
       一命を取りとめました。リハビリと長期通院を繰り返しなんとか
       生きる希望を持ち(みんなに助けられながら)今に至ってます。

・1998年:琴丘高を県高校サッカー選手権決勝へ進出させ、少し疲れが、、、
 (1回目) ペースメーカー取り替え手術で一休みまさに「充電」

・2006年:琴丘高が県高校総体決勝延長戦まで。日本代表岡崎にヘッドを決められ
 (2回目) 一方では学年主任を任され、エストレラを立ち上げ5年目で理事長へ。
       津田サッカークラブ少年部も充実しはじめこの頃姫路では敵なしに。
       カウンセリング資格試験にも合格した時期。これまた少し疲れが、、
       ペースメーカー取り替え手術で休養で心も癒し意識を改革。

・2014年:3回目で慣れたとはいえ、、、また今回はややこしく、、、
 (今回)  今は姫路高校という職場になり少しは慣れ定年(65歳)までわずか、、
       「熱くメラメラ燃える戦う魂」に火がつきそうで、そういう気持ちに
       させてくれている市姫サッカー部に何かを返さないと。。。。
       最後の高校サッカー今までにない強烈な「市姫サッカー部」誕生を
       楽しみにして待っていてください。このまま終わりませんので。。、、

◇入院手術をする1週間前の週末には
 津田ジュニアが全日本兵庫県大会予選リーグ「2勝1分」得失点差でわずかに、、、
 現場で見れずビデオで見ても強豪神戸センアーノを2ー1でリードしあとわずかで、、
 子どもも保護者もスタッフも涙、なみだ、ナミダ、、、

◇同日。まじめで一所懸命さで私に力を与えてくれてたエストユースが夢の「全国」
 をかけてヴィッセル神戸ユースに全力でぶつかるも力及ばす1ー3。

◇前日は神戸で「Fの会」という県内の指導者研修会に講師として招かれて40年間の
 「生きざま」をお話させてもらった。こんな私の話を聞いていただけるだけで、、、

◇そして退院日と翌日には津田ジュニアが昨年逃したここ5年で4回めの近畿大会出場
 (スポーツ少年団県大会ブロック優勝)を果してくれ退院祝いをしてくれた。
 さぁ、やるぞ!と元気をくれ確かに成長している子どもたちに姿に感謝。

*津田社会人もトップを中心に老体にムチ打ってがんばっている。
 今春県社会人リーグ2部昇格も前期はいい戦いはすれど結果が出ず下位に低迷。
 平均年齢が高く厳しい状況だが高年齢の者から意欲、意識が高く「有言実行」と
 しっかりトレーニングを積む姿に胸を打たれる。
 努力は「嘘」をつかないし若手、後輩たちに「誠実に生き、まじめにやる姿」を
 見せてくれ大人として男としての生き方を示してくれてのが嬉しく頼もしい。
 きっと若者たちも心が動いて「気づき」続いてくれるものと信じている。

 「津田」が40年間続いているのはきっとこういう者たちの存在があり、
 キンダーから少年、ジュニアユースなどをボランティア精神で育ててくれる
 メンバーが「人のため」にしてくれるからだと思う。

 

樽さんの部屋更新しました

「たるさんの部屋」より
                          *2014’春号(1)

  また、また悲しい報告をしなくてはなりません。
 琴丘高に残してきた教え子が5月2日に亡くなりました。まだ17歳です。

 一昨年冬に骨肉腫が見つかり1年半闘病の末、帰らぬ人となりました。
  この生徒はいつ見舞いに行っても笑顔で接してくれました。
 葬儀では最後のミーテングとして「弔辞」を読ませてもらいました。
 40年間サッカーを指導してきて一番「芯」の強い部員だったと思います。
 亡くなる前日に「なんで俺がこんな目にあわないといけないのか」
 という言葉を残したそうです。前日にです。それまで一切ぐちを言わず耐えて、、、

 何度もの苦しく抗ガン剤治療に耐えに耐えたのに効果があまりないと知らされる。
 生きるためには片足を切断しなくてはならない最悪の治療をも彼は受け入れました。
 切断後には「たるさんの前を義足を付け颯爽と歩いてみせる」と目標を決めて
 リハビリを頑張っていました。

  母と捜し当てた金沢大学病院への転院で最後の抗ガン剤治療に望みを託しましたが
 ここでも効果はなくついに医者から見放されました。
 それでも「なんで、、、ぼくが、どうして俺が」とグチ、文句を言わない。
 そして医学から別れ自宅へ戻り家族と共に戦うことにしました。
 なんとお父さんと一緒の入浴をしたそうです。
 私は会うたびに「琴丘へ戻るぞ!」「修学旅行へ行くぞ!」と檄(げき)をとばし
 「ペースメーカーを入れた俺と義足のおまえとで少年サッカー指導に回るぞ!」
 「障害者サッカーの選手になり東京でのパラリンピック出るぞ!」と無理難題を
 言い続けましたが彼は「イヤ」とも言わずに作り笑顔で答えてくれてました。
 最後の日すでに会話ができる状態ではなかったがいっぱい涙を流してくれました。
 私が行くのを待っていたかのように息を引き取りました。
 おだやかできれいな顔でした。彼の心の中そのものでした。
 よく戦ってくれました。「お疲れさま」しか言えません。
 一生記憶に残る誇りに思える強い生徒でした。

 昨年は琴丘高サッカー部卒業生が21歳で白血病で世を去りました。
 優しくて人のことばかり気にして気配りができるかわいい俊足のFWでした。
 彼は病魔を伏せて一人戦ってました。いっぱい仲間がいるのに、、、

 一昨年夏の終わり(9月始め)には当時現役の琴丘高サッカー部員が練習後に倒れ
 「生存率1割」と告げられました。まじめで誠実な練習態度と変わらず
 見舞いに行くたびに何度もあきらめない執念で持ち直し「奇跡」を信じていました。
 彼の生命力には医者も驚き、必死に頑張る姿に我々は悔し涙するしかありません
 一週間戦い続けましたが一度も意識が戻ることなく力尽きて「輝く星」となりました
 人が良くて悪口を決して言わないため誰にでも好かれるあたたかい部員でした。
 イジるとニタっと笑う可愛さにずっとそばにおいておきたい奴でした。
 葬儀は多くの部員や先輩たちみんなでお手伝いしてAKBの曲で見送りました。

 亡くなる悲しさももちろんですが家族が辛いのは子どもが忘れ去られていくことが
 一番の寂しさだそうです。

 最近は毎朝手を合わすことが増え悲しいことが数多く起こりますが
 私の役目は教え子を心にとめて語り継いでいくことだと思っています。

 

 

 

                         *2014’春号(2)

  琴丘高校から昨年転勤し姫路高校での2年めが始まりました。
 あたたかい雰囲気と挨拶、礼儀正しい校風に気持ちよく学校生活を送っています。
 姫路高の気づきも琴丘高に負けないくらいにあり自分のポリシーに合っています。

  先日も琴丘高校卒業生のいくつかのグループが姫路高校での生活を気にかけて
 「たるさん元気?」って集まってくれました。
 ここでも琴丘高校の優しさに触れあえます。
 仕事に就いた卒業生は就職の報告と同時に私から受けた授業した内容や配付した
 プリントを部屋内に貼ったり、携帯に取り込み苦しくなったら見直しているとの話に
 嬉しくありがたい気持ちにさせられます。

 今年も姫路高校には福崎高校時代の教え子の子どもが数多く入学し
 似ている顔だちや仕草を見ると教え子を思い出して思わず思い出し笑いが、、、
 「一期一会」。出会った生徒を大切にしないと、、とあらためて思います。

 今年も日々の生活は大きくはかわっていません。
 最近目覚めが早くなり5時半すぎには一日のスケジュールを確認。その日の授業内容、
 練習メニューや出会う予定の生徒や部員、人々に対しての下準備をしてます。
 6時30分すぎに家を出て津田小学校グランドでの少年の朝練へ。
 前を走っていく孫を後ろから追いかけて一日が始まります。
 少年たちはまじめにコツコツと練習を続けている成果が表れ、早速5月の
 全日本姫路地区予選を突破。来週15日(日)に全国かけて兵庫県大会があります。
 今年から地域の大会からリーグ戦を実施するよう指示がありたくさんの試合が増え
 スタッフも大変ですが子どもたちの成長のためにがんばっていきたいものです。
 子どもがたくさん経験をしそれが宝物となりその子が将来人生を幸せに送れるように
 つねに「子どもファースト」でサポートをしたい。
 とにかく子ども一番です。

 今年は勤務がない毎週木曜日には気分転換としてサッカーから少し離れて
 さまざまな所へでかけようと思っています。
 山、花や草木など自然から「癒し」をもらえるように、、、
 また木曜日の夕方からエストレラユースのナイター練習に顔を出しています。
 清水コーチが20分ほど時間をくれて40年間の実録版を伝えています。
 メニューは過去のすごい選手の高校時代や私の体験を語り継ぐことにしています。
 真剣な眼差しで聞き入れてこの子たちが必ず将来へと繋いでくれると信じて。
 一所懸命にイキイキと雑用も準備ももちろんのこと必死に練習にも打ち込む姿に
 自分自身が失いそうになっている「魂」の原点を見せてもらっています
 津田少年時代に全国をめざしずっと一緒に戦った子たちが現ユースに所属し
 少年時代津田でなくとも私が開校していた「J塾」で心を鍛えようと入塾してくれ
 交換ノートや道徳の勉強、冬合宿を共に過ごした多くの子どもたちもユースに所属。
 そのユースが今週日曜日「全国出場」をかけて関西クラブリーグ決勝戦を戦います。
 まじめにやってるエストユースを神様はきっと応援してくれると思います。
 たくさんの楽しみが週末にあってワクワクします。ありがたく幸せな毎日です。

 ユースの練習を見るたびに姫路高校へ転勤後くすぼってた闘争心がメラメラとまた
 マグマのように燃えたぎる熱いものが出始めました。抑えるのはやはりムリです。
 姫路高校サッカー部も長く指導することはなく期間限定ですが自分らしく
 「熱く戦って高校サッカーを終えよう」と決意をしているところです。
 失いかけていた大事なものに気づかしてくれたエストレラユースのナイター練習。
 また子どもたちに教えられました。感謝しなくては、、、

 

樽さんの部屋「気づき」

たるさんの部屋

       「気づき」

  また新学年が始まります。
 いい一年にしたいものです。
 イキイキと楽しく「いい顔」でサッカーに取り組む子どもたちの顔を見ると
 こちらまで嬉しくなります。
  でも子どもたちはいつもどこでも「いい顔」とは限りません。
 子どもたちは子どもたちなりに(子どもの世界)戦っています。それが学校や家庭や
 仲間の中で出てくることも理解しておかなくてはいけまんせん。
 こちらから見て「あんないい子が、、、」と思える子どもが実は学校では
 先生や友だちから嫌われる行動をしていることは多々あるということを。
 子どもたちがスタッフの前で見せる顔と違う顔なんです。
 でも決して我々スタッフに「嘘」をつこうとか「騙そう」としたのではなく
 「いい子でいたい」「好かれたい」一心なんです。
 事前情報で子どものことを知ることは大切ですが偏見や先入観は絶対いけないこと
 あり子どもが一番嫌うことです。
 甘いかも知れませんが子どものいうことを受け止めてやりたいのです。
 表面で見せないからといって疑ったり「こいつは裏では、、、、」というではなく
 見えるまま感じたままを信じて40年間教育現場にいました。
 私の教育スタンスは子どもは悪いことをするものです。でも子どもは悪い子では
 ありません。
 いつもそう思い問題行動をしてきた生徒(子ども)に生徒指導をしてきました。
 我々大人だってズルをしたり誤魔化したりこれぐらいなら?と悪いと思えることを
 やるものです。大切なことは子どもには未来があり将来大人になっていきます。
 悪いことをしたその時に向き合い、認めて直していくために寄り添い信じて
 やりたいのです。
 過去、すんだことは戻りません。大事なことは今その時と未来なんです。

 サッカーを通じて子どもたちが5年後、10年後の「夢」を子どもたちと語り
 子どもたちが目標を定めてがんばり達成感を得るためにイキイキとやり続け
 次世代を生きていくためにサポートをすることなんです。

 我々大人(スタッフ)の役割はいつもどんな時も「子どものために」なんです。
 そのために何より周りのことに気づいて全体のバランスを崩さずきちんと子どもの
 動きを見ることなんです。
 その時一人よがりの感覚でなくまたお節介にならずにさりげなくタイミングよく
 子どもに対応する力を身につけることなんです。
 実に難しいですがそれが「先生、コーチ」と呼ばれるに値する「大人」だと思います。

 上記に書いたように子どもたちが不安とイラだちに中で戦っている時に
 「頼ってもらえる」大人になるように成長したいと思っています。

 ことしは私の大好きな親友(尊敬できる)と子どものために学校作りに精力を
 尽くします。ぜひご期待下さい。

 

たるさんの部屋

<エストレラ津田サッカークラブ・ホームページ>ーたるさんの部屋ーより

    ◆平成26年2月6日(木):大阪ガーデンパレスホテルにて
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  関西地区の往年の大学、高校の監督、報道関係者の「親睦会」がありました。

  現在「静岡:時之栖(御殿場サッカー場)」GM阿部先生(元;大淀高)が

  発起人をされる第一回めにおこがましくも私も参加させていただきました。

  年齢は60歳以上。関西サッカー界ゆかりの「名伯楽」が一同に会されましたが

  やはりその輪の中心は上田先生(大商大)。上田先生ゆかりの名監督たちの

  昔話やサッカーよもやま話で花が咲きました。

  元日本代表監督加茂周(関学)さんをはじめ、28年ぶりに大学日本一に輝いた

  大体大坂本先生。私の教え子である古井が卒業後20余年携わっている京産大の

  また京都サッカー界の重鎮である田中先生。それに大経大の野路先生。

  そして本当にお世話になったびわこ成渓大松田先生(元:守山高、守山北高)。

   高校界では大御所木村先生(作陽)小阪先生(福井丸岡)増井先生(京都洛南)

  今回は事務局としてお世話になった悦勝先生(高槻南)竹内先生(大商学園)らとも

  懐かしい再会になりました。

   播戸(現:鳥栖)増川(現:神戸)らを要した琴丘時代、たびたび遠征に行った

  北陽高野々村先生には長らくのご無礼を許してもらうしかないが上田先生同様に

  繊細な気配りで快く話相手をしていただいた(恐縮の限り、、、。)

   元NHKサッカー岡田アナウンサー、高校サッカー読売TV一丁田アナウンサーや

  報道関係も含めると30名越える大先輩らとかけがえのない一日を過ごしました。

  私にとって大商大遠征に出かけ始めた30歳台半ばから40歳台後半にかけた

  あの「青春時代?」が一気に蘇ってきました。(感激、、、)

  大体大北村コーチ、時之栖;阿山(大商大OB)さんらにはまだ若い年齢にも

  かかわらず準備に奔走され今回の催しにはお心遣いをたくさんいただきました。

  こうした上田先生の信条である「出会い」に(感謝、、、)です。

  振り返ればサッカーど素人の私がこの場に居れることが「摩訶(まか)不思議!」

  ただやってきて「良かった」続けてきて「良かった」、、、とつくづく思う。。。

 

 

ーたるさんの部屋ー

 

    反省、、(後悔はしないが)、、反省、、、

   特にサッカーに関して。

   姫路のサッカーが他地域から大きく「差」をつけられ置いていかれている現実を

   目の当たりにして反省、、、出るのはため息、、、

   姫路でサッカーに関わり始め興した津田サッカークラブが今年で40年周年。

   姫路協会で技術委員長を35歳から20年間任され「何をしてきたのかなぁ~」

   自分では「姫路のため」と思いながら姫路に光が当たるように、結果を残そう、

   他地域に離されないように、、、、と焦っていたのかも知れない。

   少年期に基礎技術を徹底して身につける指導しなかったことが今となっては

   人口55万人の都市に日本で通用する選手がほんの一握りしかいない現実。

   その少年期に身体能力や縦へ早くスピードを生かしたり戦略を教えて姫路で

   勝つために。遠回りでも地道にボールがしっかり持て「奪わない技術」を教え

   周りを見ることが最優先で「奪われず見えたら」あとは子どもたちの判断や

   アイディアに任せばいいものを、、、、その技術の先に結果や勝利があるのに。

   姫路地域で「負けない、勝つ」という狭い了見が40年たった今、

   どうしようもない技術の遅れで少年たちが年齢が進むにつれ他地域へ。

   「変わろう」とにかく自分が。。。。今までやってきた業績、成績とやらは

   一応評価はしても封印して先を見よう。

   ただ救われるのは姫路には素晴らしい若い指導者やたくさんの教え子がいる。

   姫路の少年の中にもいっぱい宝石がいる。宝石を磨き輝かせるのも自分の

   「エゴ」や「こうだ!」というものに捕らわれず指導方針を思い切り

   大転換して今までとまるで違う「間逆」の発想の自分に出会いたい。

   そう考えていたお正月。偶然(必然かな?)教え子が凄い本のプレゼント。

   「教え子、生徒たちのためにも〔目を覚まして下さい〕」という言葉を添えて。

   64歳。さぁこの歳になってワクワクしてきた。新しい自分に出会えそうで、、、

   年の初めにも書いたが、もう一度「新生たるさんに」こうご期待を!!

たるさんの部屋

◇たるさんの部屋◇(9月)

            夏を振り返って(大山合宿を主に)
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 新しくなった大山の人工芝、天然芝を初め今年は全てに気持ちがよかった。
 特に「大山登山」が天候まで味方して頂上での絶景。一人の落伍者もなく。。。

6年生
 こんなに穏やかで落ちついた6年生が今までいただろうか、、、、ケンカはなく
 時間は守る、怒ることが少ない。毎年6年生になっても何かしでかす者はいるのに。
 サッカーも同じ。一人一人が確実に力をつけている。22名に技術の差がなく横一線。
 6年の特徴である派手なことはできないがコツコツ努力し積み上げることができる。
 この「努力の天才」はいつかきっと大きな花を咲かすと信じてる。
 大山登山も完璧。先に行ってしまう者や列を離れ遅れる者もなく先頭から最後尾まで
 一つになってコンパクトに。これが今年の6年生。

5年生
 ギヤングエイジ(5、6歳~9歳)ふうの者が多数いる。人のことは考えない。
 腹が立ったらケンカ。思いどおりにいかないとスネる。言ってはいけないことを
 平気で言う(悪気はないと思うが)。この事実を親は気づいているのだろうか?
 だがチームであずかった以上は何とかしなくては、、、こういう合宿で「躾ける」
 絶好の機会、チャンス。夜遅くまでミーテングをしながら。でもスタッフは疲れる。
 必死に何とかしようとしているスタッフには「すまない」という気持ちが強い。
 逆に言うと子どもらしさの塊(かたまり)かも。子どもたちに寄り添いながら丁寧に
 してあげたい。ポテンシャル(潜在能力)の高い子どもが多く期待出来るのだから、、

4年生
 小学1、2年いや3年の初めまでは「どうなるか?」と思えるメンバーが多く存在。
 開始すぐ「いつ終わる?」虫を追いかけサッカーどころではない。心配した初合宿。
 ところが意外や意外。食事の用意もかたづけ。床にはいつくばり雑巾がけ。
 練習も大声出してがんばる。サブメンバーの成長が著しい。県大会姫路予選で「優勝」
 した頃から良くなってきたとは思っていたが、、、ここまで良くなるとは、、、。
 いい方に驚いた大山合宿になった。だから全体が確実にうまくなり伸びてきた。

3年生の朝練3週間
 久しぶりに元気がありイキイキとサッカーができる。現在高校2年生のメンバーが
 6年生の時に全日本兵庫県大会準優勝したメンバーの3年生時代に似ている。
 激しくボールを「奪う」というサッカーの一番大事なこと(根)ができる。
 ボーッとせずに戦える。動いてる。だからおもしろい。教えたことをすぐにやろうと
 するしすぐにできる。だがそれに付いていけないメンバーとのが温度差があまりに
 大きく、その子たちが続くかが心配。

◆津田ユース(高校の部)解散◆
 3年前に高体連サッカー部に居場所がなく立ち上げたユース(高校の部)。
 最後のリーグ戦は保護者も多く観戦する中、今まで出番の少なかったメンバー全てが
 得点しチーム一丸となり大いに盛り上がり大勝。3年間の役目を終えた。
 昨年は姫路市民大会高校の部で見事「優勝」西播高校リーグ戦でも2部で「準優勝」
 関西クラブリーグでも堺スポーツセンターで「決勝トーナメント」に進出するなど
 華々しい記録と確かな記憶を残して解散となった。
 入江監督、下前コーチ、畑森GKコーチ、川口トレーナーお疲れさまでした。
 そして選手のみんな「ありがとう!」琴丘高サッカー部と数々の遠征、合同練習など
 楽しませてもらった。いつか社会人でも一緒にやろう。そして全国社会人大会へ。
 待っている。

 

 

 

    ちいさな あったかい ”ぬくもり” が、、、消えた

ジュニアユース3年生
 後半初めに退場者が出て10人で戦った。だが10人になり結束が見えた。
だがあと2分。ついに力尽きた、、、、タイムアップ。泥田のピッチで座り込む姿、、、
試合後濡れたユニホームを脱ぐことすら忘れて嗚咽(おえつ)し泣きじゃくる姿、、、
高円宮姫路予選県代表決定戦。終わった。「いい涙、、、」キラキラ光ってる。
大会はいつか終わる。大事なことは終わり方。がんばった者しか流せない貴重な涙。
この涙をどう生かすかサッカー人生はこれから。生かさないともったいない。

 3歳からの親子が一緒に触れ合うサッカー教室で私と出会ったこの子たち。
体より大きなボールにつまずき泣いていた土曜日の夕暮れどき。それが今中学3年生。
そのまま津田のジュニア(少年)に入部。それから約9年。思い入れの強い学年だった。
少年3年生から始まる早朝練習も私が担当。
よく叱った、よく怒った。でもよく遊んだ、、、。勝てばうち(樽本宅)でパーティー。
ヨッシーピッチでも遊んだ。プールも。大山でも、、。楽しい思い出もいっぱい、、、。
いいか悪いかは別として3年朝練からバルサのパスサッカーを教えた。
3年で初めて行った高砂遠征ではパスサッカーを。最高におもしろく今も記憶に残る。
池内コーチから章(長谷川)コーチにスタッフが代わり少し戸惑いも、、、。
全日本で県大会。市民大会はあと一歩。友好リーグでの一致団結など思い出は尽きず。

 そしてジュニアを(寂しいが)離れジュニアユース年代へ。
ジュニア時代の中心だった、とうま(松井)しゅん(田村)ゆうせい(福島)ふうが
(末崎)まこ(岩田)らはエストに入ってくれてワンランク上へ勝負に旅立った。
「やさしさと弱さは紙一重」を絵に書いたように争いごとを嫌い甘くて弱い控え気味な
(「もっとやれよ、戦えよ、向かっていけよ」=我々スタッフの影の声)だが優しい
メンバーが実に14人もが津田ジュニアユースへ入団してくれた。
嬉しくて章(長谷川)コーチやチャオとジュニアユース入団式をワクワクして
迎えたのを覚えている。
このメンバーに林田校区から片道1時間半をかけて、まお(三村)が。ルゼルから
個人技に秀れた隼士(吉田)が加わる。遠く福崎地区から身体能力、性格も抜群の一真。
年度途中からこれまた福崎から俊足海斗がレギュラー入りして選手層を厚くしてくれた

一方でこの子たちの性格に合う指導者をと?考えた。
そこで(琴丘高の教え子である)中田にコーチを要請した。
中田コーチは独特のサッカー理論を持ち勝つことが最優先(勝利第一)でなくボールを
扱うことの大事さを、うまく扱えるとサッカーは楽しくなると教えてくれ、そのことが
将来に役立つという独自の考えを持っている。このメンバーにはピッタシ、、、である。

いろんな経験をさせた。淡路の最高の芝生。最後の大山合宿も新しい天然芝、人工芝。
1年生では静岡県、富士山の麓の御殿場サッカー場という日本一の施設で合宿を。
進学、塾など各自、各家庭でさまざまな目標があり、なかなかチームが一つになれず
必死に大会に向かう者や中田コーチには苦悩の日々もあったことだと思う。
 でも最後の最後に中学(ジュニアユース)年代に貴重な涙を流す体験。
座り込む姿を見た時「救われた」気持ちになった「やってきて良かった」と。
今後の「夢」はエストレラへ行った5人を含めこのメンバーとユース年代か無理なら
社会人チームでもう一度「全国」を狙い一緒に戦いたい。夢をもう一度。
 私の特徴はあきらめず粘り強く「夢」に向かうこと。
だからあきらめずに待ってる。最後に、、〔ありがとう!!〕たくさんの思い出を。
これから親にも友だちにも言えない苦しいことがあったらたるさんちへ来いよ。
それがたるさん一番の楽しみだから、遠慮せずにな。またな。

 

 

たるさんの部屋

たるさんの部屋
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 ◆林田町愛護育成会教育講演会
        題名 子どもの心音(こころね)が聴けたら

           ー講演内容のまとめー

        ◇大人の使命感、親の役割、母親の慈しみ◇

*子どもは宝物

・子どもは将来の日本を守り我々大人は面倒をみてもらわなくては生きていけない。
 だから大人は使命を持って子どもを愛し護り育てていかなくてはいけない。
・大人は子どもには正直に一生懸命努力することが「偉い(エライ)」と教える。

*団塊世代の大人や今の親が子どもに「背中を見せて育てられるか?」

・団塊世代の大人は戦乱の中で命がけで生き抜いた親や大人の背中を見て育った。
 団塊の世代は高度成長期で夢を栄光を手に入れるために自分の成功を主にして
 仕事を命に家庭を省みずに必死に、、、働くことが生き甲斐にしてきた。
 やがてそれが泡となり泡沫(うたかた)の時代を生きてきた。
 その(後ろ姿)背中を見て今の親(30台後半~50台初期)たちは育ってきた。
 その年代が育てているのが今の子どもたち。果して「背中を見て育つか?」

*「母親像(母親の慈しみ〕」

・戦中、戦後の母はおかん、おふくろ。
 子どもにひもじい思いをさせたくなくごはんをおなかいっぱい食べさせるために
 母親は必死に働いた。朝から晩まで。
 明日の生活さえわからない時代でも「笑顔」でいることを教え、どん底の貧しさの中
 でもプライドを持ち、盗みや罪を許さず「人さまに迷惑をかけるな」と教えた。
 近隣、地域一体となって支え「お互いさま、お蔭様の精神」で互いに助け合い
 人を大切にすることを子どもたちに伝えた。
 少しのシャレ気とユーモア、家庭に明るさを。子どもがイタズラ、ごんたをしたり
 失敗をしようが「元気が一番」と目をほそめ見守り大きく包み込んでいた。
・ほんの小さなことに感謝しいつも手を合わせ拝んでいた。
 働いて荒れた手で子どもの手を握り、幼子をおんぶして夕日のをながめつつ一日を
 終える。おふくろの手のぬくもり、背中こそが一番のやすらぎに場所。
・学校のできごとを母に聴いてほしく息をはずませ、走って帰った幼いころ。
 内職のまた炊事の手を止め、膝に抱っこして真剣に聴いてくれた子どもの心音。
 母を助け手伝いをするのは日常。その姿をみて
 子どもが親を思い、また親が子どもを思う「無償の愛」は育っていく。

*「何を幸せに感じるか」

 貧しく苦しかった時代から現在は生活は豊かで何でも手に入る。
 なのに心が貧しくなり家庭内、親族同士の憎しみから事件へと毎日のように起こる。
 親子の間に大人の世間体、見栄が子どもへの「無償の愛」を見づらくして苦しめる。
 現在に子どもも無気力、無関心、無感動の「三無主義」で適当に暮らす毎日。
 今こそ大人が使命感を持ち親が役割を果たし母親の慈しみを子どもの与えないと
 これから日本がもっと住みづらくなりはしないか、、、、。

 

 

 

樽さんの部屋UPしました。

    たるさんの部屋   「贅沢(ぜいたく)三昧の暑い夏スタート」
 
  とにかく今年は暑い。6月末から猛暑日、熱中症対策に気をつける異常な日々。
  いつもの夏とは少しちがうスタート、、、、遠征が極端に減った。

◇西日本強化高校リーグ戦
  琴丘高から市姫路高転勤を機に委員長をさせていただき10年以上続いた
  西日本強化高校リーグ戦を辞退。
  岡山遠征(下山、田淵、近藤先生)広島遠征(山陽高田中先生)四国高松遠征、
  徳島市立遠征がなくなり全国常連の米子北高(城市先生ら)と出会えなくなり
  15年以上お世話になり続けて静岡御殿場「時の栖」(阿部先生、阿山さん)
  など恒例の遠征がなくなった(正直寂しい)

◇8月1、2、3日は「第29回姫路サッカーフェスティバル高校招待大会」
  第1回めを35歳で始めた。その年の参加はわずか16チームで。
  当時は福崎高、のち琴丘高監督時代にたくさんの指導者と「出会い」ができ
  その「縁」で多い年には約150チームが集結していただいた。
  監督会議、全体の懇親会のあとの「二次会」は拙宅(樽本宅)へ。
  夜遅くまでサッカー談義で花が咲き指導者同士の出会い場となり互いの交流と
  広がる場となれたのは嬉しい。
  私自身も多くの先輩諸氏に育ててもらった恩返しと思い20年以上も続けてきた。
  人生を豊かにしてくれたこの大会もいつか去らなくては、、。(これまた寂しい)

◇恒例の夏
  朝6時半に家を出て津田小学校への朝練習へ(来年40年になる)
  小学3年生がこの夏休みから朝練習開始。毎年初練習の学年を担当する。
  3年生の最初が大事。まず「躾け」挨拶、集合、集中。正直1時間でも疲れる。
  朝5時すぎから準備とパワーを貯めて出かけないと3年34人には勝てない。
  今年の3年は楽しみ。3年後どれだけ伸びるか楽しみ。5年前全日兵庫県予選決勝
  まで進出した学年を越えたい(ということは全国出場かな、、、)

◇津田ジュニア4年生
  7月には第1回兵庫県少年サッカー大会姫路予選(今までは姫路市民大会優勝
  チームが代表だったが今年から出来た新しい大会)
  スタッフの仕事の都合上、私が1、2回戦、準決勝を担当することになった。
  少年の公式戦をあずかるのは何年振りだろう、、、。
  姫路の4年生は4、5チームが横一線でどこが勝っても不思議でない力関係。
  5月28日新チーム開始から大会初戦まで40日間の綿密な計画プランを練った。
  まず自チームを知り相手チームを分析(スカウテング)。持っている能力を
  最大限引き上げ大会を制するために。オーバーだが40年間(社会人、高校、
  ジュニアユース、少年の全日県準優勝2回、県大会準優勝3回をも思い起こし)
  の指導ノウハウを引き出し整理してまとめて勝負に出た。
  奇しくも4年生の主将は2番目の孫(おじいと孫との戦略をたびたび日常会話で)
  難しい相手が続いたが結果は5試合で総得点29点、失点6点。優勝できた。
  私自身が監督をし勝負がかかるとムキになり一切の妥協を許さない。
  一番の勝因は予想以上に子どもたちが伸びたこと。
  「たかが4年の子ども相手に、、、」と思われるかも知れないが、、、
  徹底した厳しさの40日間。それでも見事についてきて成長した。 、
  孫はきっと何とも言えないプレッシャーがあったと思う。大会が近づくと口数が減り
  口のまわりに吹き出物を作り、優勝したその日には疲れ切って寝込む姿に
  毎日厳しく叱りとばして、、、、「おつかれさま」

◇津田ジュニア6年生
  4年連続関西大会出場がかかった県スポーツ少年団大会は準決勝で惜敗。
  手がかからないやさしいいいい子たち。この子たちの特徴である「まじめさ」は
  あきらめず続けていたらきっといいことがあるとを証明してあげたい。

◇津田ジュニアユース
  スタッフが仕事の都合みてあえて暑い最中に練習時間を変えて鍛えてくれている。
  Jrユースの子どもたちがスタッフの熱い思いを受け取って逞しくなってほしい。
  今まで地味で目だたなかった中3の初孫が体を張り積極的にチームを引っ張ろう
  とする意識が出てきた(おじんバカだが、、、)素直に嬉しい限り。
  盆の「大山合宿」で一皮も二皮もむけ成長し夏の終わりの高円宮杯では県大会出場
  を果してほしい。中学時代の良き思い出を作ってくれたら、、、と願う。
  合宿では姫路高校と合同でまた今年総体鳥取代表の米子北高サッカー部2年生に
  新設になった人工芝、天然芝の大山合宿先「山香荘」に来てもらい鍛えるつもり。

◇姫路高校サッカー部。
  転勤して3ヵ月。新チームになって1ヵ月。
  今までは校則で遠征や合宿が許可されなかったが今年から運良く合宿の許可が出て
  大山合宿へ引率することに。27名が一つになり人のことチームのことが考えられる
  私の生き方である「利他の精神」を寝食を共にして学ばせてやりたい。

◇エストレラユース
  6月。アディダスカップ(全国クラブユース選手権)全国をかけ関西代表戦を
  ガンバ大阪ユースと。だが、やはり力の差は大きく0ー6。いつかJユースに、、、
  秋には2年連続Jユースカップ全国出場を果してほしい。
  エストユースメンバーの中心が津田卒業生となり前勤務していた琴丘高に
  在籍生徒が11名となった。ユースチームがまとまりいい雰囲気での活動している。
  ユースには「メンタルセミナー(学習会)定例会」を月一回催し
  サッカー選手である前に人として高校生として生き様を伝えている。
  エストや津田の中心スタッフの多くを私が福崎高、琴丘高の選手時代に徹底して
  鍛えた魂、心、しみ込んだ人生観を今度は現役エストユースに伝えている。
  この子たちが将来エスト姫路の中心となり「J3」誕生の基盤とならなくては
  いけないからである。

◇エストジュニアユース(中学)
  恒例となっている、我が家への夏訪問。
  エストの夢、目標、個人のテーマを確認、初心に戻ることと夢への再確認。
  エストユース同様に「メンタルセミナー(学習会)」に真剣なまざなしで
  取り組んでくれている。将来の姫路の宝物を育てなくては、、、。
  12年前にエストレラを立ち上げながら私自身が中核にならず任せっきり状態。
  近いうちに早急にエストレラに戻り「立ち上げ時の初心に戻りたい」
  63歳だが体と心が折れないうちにエストスタッフのそばにいてやりたい。

◇エストレラ姫路(社会人)
  9度の県社会人リーグの優勝を果たし関西リーグに最も近いと言われながら
  まさかの2部リーグ落ち。これも新生エスト姫路には必要なことと考えている。
  メンバーもここ3、4年琴丘高サッカー部主将経験した生徒を在籍させ、学生時代
  私が伝えた思いを新生エストチームに浸透させたい。
  2部を前期首位で折り返し、この夏全国クラブユース選手権を96年以来2度目の
  アマチュア日本一を目標にがんばろうとしている。期待したい。

  遠征は減ったが楽しみは増している。幸せなことだ。
  新しいチャレンジが「伝統をつなぐ」という思いで挑戦していきたい。