樽さんの部屋更新しました

                            平成28年元旦

               あけましておめでとう

  昨年1月3日津田40周年記念行事に盛大にパーティを催して一年が経ちました。
 一年がほんとうに早く感じる年齢になりました。
 いよいよこの3月をもってみなさまのおかげで無事43年間の教員生活を終えます。
 退職その日をどう感じるか?楽しみでもあり寂しさでも、、、でも夢は続きます。

 夢実現
  50歳で10年後(当時は60歳で退職)の「夢:プラン」を持ちました。
  NPOエストレラを興しサッカーをメインに総合型のスポーツクラブ運営の中で
  「夢」を持ちつづけ65歳退職を目前にしても夢はブレずに今日まで来ました。

  その「夢」こそ
 ◆自然に囲まれた「笑顔」溢れるコミニティ場の建設。
  (1)姫路サッカーを育成、強化の場。
  (2)サッカーのみならず未来を支える子どもの人としての教育の場。
  (3)キンダーから社会人までさまざまな年代の集団生活、鍛練の場。
  (4)年輩の方々やハンディを持っている人々が元気で活躍ができる場。

 夢の途中
  「夢」があるからこそ目標ができ日々に勇気と希望がわく。
  「どうすれば、どうやれば?」と考え悩むがその先に「夢・」があると感じれば
  「夢の途中」を楽しむことができ、今や生き甲斐となっている。

 夢の循環
   私の「夢」に共感した多くの教え子たちが「夢」を繋いでくれ
   その教え子の子どもまでもが「夢」を引き継いでくれる。
   私の生き様について共感し付いてきて力を貸してくれる。
   まさに「夢の循環」。幸せを感じずにはいられない。

  ーーーーーーーーーー<昨年末の報告>ーーーーーーーーー
〔津田SC〕
 12月末には「姫路市民大会(Uー11)」県大会予選を兼ねて行われた。
 ここ数年は殆どこのタイトルを取っているが今年の5年生は33名の大所帯。
 選手層は厚い上レベルも高く8年前に全日県大会で準優勝し関西大会でも好成績を
 残した学年を上回るのでは、、、と期待している。
 登録変更しながら多くが出場「優勝」を勝ち取った。今年大ブレイクを!!

〔姫路高校サッカー部〕
 「日本一きれいなチーム」目標にがんばっている部員たちへご褒美に。
 12月27日から「静岡遠征」へ。
 21年前に御殿場、裾野スポーツセンターを興された阿部先生と阿山さんとは
 15年以上お付き合いがありその地で市姫路サッカー部の思い出作りを計画。
 3日間快晴で絶景の富士山を背に。17面のサッカー場に最高級ホテルでの食事。
 対戦相手は秋田県と富山県選手権準優勝の全国レベル。だがなんと2チームに勝利。
 東京都選手権第1シード(ベスト8で敗れたが)と静岡県ベスト8チームに大健闘で
 あと一歩まで。市姫路サッカー部の全力でさわやかに頑張る姿や立ち居振る舞いに
 対戦相手の監督さんや阿山さんから高評価を得た。「さすが!俺の生徒」
 遠征先で気持ち良く過ごさせてくれた部員に感謝。ほんとうに行ってよかった!

 

                           平成28年 新春号

        43年間教師生活を終えるにあたって
      
 ・教え子たちや私に関係した人たちが私を評価してくれるとしたら(願望)

 ◆たるさんは「やると決めたら必ずやる」と。そう思われたい。
 *その理由(1)は
  「夢」はいつも持っている。だが「夢」はそう甘く簡単には叶わないもの。
  叶えるには相当の「執念」「死ぬほどの覚悟」がいる。
  死ぬほど努力してやっとうまくいき嬉しいことが起こるものと思っている。
  でもいくら努力してもほとんど(95%、いや99%)うまくいかない。
  だからがんばって、がんばって出来たときがメチャクチャ嬉しい。

  43年間振り返るといつも苦しかった。
  「人生楽しもうとか楽しんで」なんてあり得なかった。
  性格の悪さか楽(らく)なことはうまくいくはずがないと常に戦ってきた。
  また僻み(ひがみ)根性からか辛いこと人が嫌うことをやる時がおもしろい。
  そして「うまくいかない時こそどうするか?」かが自分の力を問われてる気がし
  「ピンチ」「最悪のケース」と思った時こそ勇気が出て立ち向かえた。
  「失敗や挫折、あと一歩で、、、」を何度も繰り返したその結果
  「うまくいかなくてあたりまえ、物はなくてふつう」ということを学んだ。
  手を抜いた時や何とかなると思った時に一気に潰されるのが怖いから(臆病)
  常に考えて予想し見通しを立てておくことに全神経を使ってきた。

 ◆「強烈な個性の持ち主」とも思われたい。
 *その理由は
 「個性」「アイデンティテイ(自分というもの)」を全面に出してきた。
  指導者は書物を読み研修会等に参加し人からのアドバイスも受けるなど常に勉強。
  一番の教材は生徒。教え子から学び、その学びをやめた時が指導者をやめる時。
  だが勉強しても人とは同じことをするのはイヤだった。
  「自分のものにしたい、たるさん色にしたいし自分で判断し決断したい」と。
  それでダメなら自分で責任を取る覚悟を持ってやってきた。

 ◆たるさんは「優しい、いい人」とも思われたい。
 *その理由は
  青春時代から30歳代はとんがって我が儘で自分勝手な頃に戻りたくない。
  41歳で大病をし生死を彷徨い今生きてることが奇跡。生きてるだけで「得」。
  不健康で無理が効かなくなりはじめて今までになかったことに「幸せ」を感じ
  不自由だが「不幸」ではないことも実感できるようになった。
  だからこそ残された命を「人のために」生きたい。
  自分のことだけで生きるのは悲しすぎる。
  人から「偽善者」と言われようがいい人でいたい。好かれたい。優しくなりたい。

  「心配性でそんなに気遣いしたら疲れるでしょう?」とよく言われるが
  心配こそ心配り。気遣いこそ自分が得意とする気を使うトレーニング。
  人が喜んでくれたり感謝してくれたら「心地良い疲れ」になるなら大歓迎。
  幼児からお年寄りまで、一緒にいると明るく、おもしろく楽しいと。
  初めて会ったのに以前から会ってた気がするとも。
  一度会った人からは「もう一度会いたいな」と思われたい。

         本年度もどうぞよろしくお願いします

 

たるさんの部屋更新しました

                             H27・9月号
             「たるさんの部屋」

  夏休みの成果

 まずは少年から
◇6年生のトップリーグ前期は他地域と姫路とレベル大きく大差をつけられ敗戦が
 続きましたが9月後期再開の4戦は何と2勝1分1敗と粘れました。
 1敗はセンアーノでしたが前期は0ー9の大敗から2度追いつきましたが最後には
 突き放されましたが試合になってきました。
 前期終了あたりからメンタルセミナー(学習会)を繰り返し、交換ノートを始めて
 守備の基礎基本を徹底して勉強会やテストして知識を植え込み意識づけしては実践を
 繰り返していけば徐々にできるようになり、できるようになると負かるかも負けたら
 という不安、恐怖から「やれる」という自信が生まれて今は「やる!できる!」と
 断定し言い切るまでになりました。夏の成果が顕著に出てきました。
 子どもの伸び(成長)は凄いです。
 秋の全日本少年サッカー大会県予選は本当に楽しみになってきました。
◇サッカーに対する情熱や意識が低く甘い4年生がなんと姫路市民大会準決勝進出。
 津田は強いものと周りは思っています。そして相手は思い切って向かってきます。
 だが今年の4年はそれを受けるだけの力はありません。
 その4年が大会が始まると戦い始めました。最後は力が及ばす3位に。驚きです。
 負けたあと「涙」を見せてくれたのも嬉しいです。やっと出た「悔し涙」
 これで子どもも親も意識が高まりもっともっとうまくなりたいと思いが出てきます。
 スクールに通ったり自主トレを始めたり練習に意気込みが沸いてくると思います。
 こうなればあとはスタッフの情熱、熱い思いで引き上げてやりたいと思います。

◇姫路高校は兵庫県高校サッカー選手権西播予選を突破し昨年に続いて中央大会出場を
 決めました。代表決定戦は何の因果か23年いた琴丘高校でした。
 ロスタイム4分。FKから決勝点を取り何とか県高校選手権出場を決めました。
  が、取った瞬間「なぜか?」私がピッチの中央にいるのです。わからないんです。
 保護者がそのシーンを動画で撮っていてそれをあとで見ると、、、灰色のシャツを
 着た腰の曲がったおじいさん(家族の言葉)がホロホロとセンターサークルに出て
 手を上げて踊っています。部員は違う所で一つになって抱き合ってますが、、、
 たった一人で。何とも恥ずかしいシーン(退席処分ものですね)
  県西播予選を兼ねた前期西播大会はファイナルまで進出し決勝戦を体験しましたが
 力及ばす準優勝に終わりました。
  準決勝は体育祭当日であり決勝進出を決めて大急ぎで午後から体育祭に参加。
 姫路高の体育祭は伝統があり「応援席」を丸太やパレル板などで組み立てての背後に
 デコレーションを設置し掲げます
 その準備や応援合戦の練習などほぼ西播大会期間の2週間は練習ができません。
 そんな中でクラス行事や準備を平行してやり遂げながらの決勝進出でした。
 やりとげた生徒の凄さには尊敬です。
 神様はそのご褒美に「準優勝」を与えました。私に似合うシルバー(2位)です。
 自分ではシルバーコレクターと思っています。
 県大会で高校で4回、定時制高校で3回、少年で3回もらってます。
  9月末から高円宮兵庫県リーグ入れ替え参入戦が3週間に及んで開催されます。
 すごい経験で思いっきり戦って準備ができます。
 10月17日からある兵庫県高校サッカー選手権中央大会に向かくために。

◇充実の9月でした。福崎高サッカー部の同窓会も何回かあり懐かしさのメンバーに
 会うとギラギラしていた30歳台が蘇ります。
 あと半年教員生活を思い切り楽しみます、、、ご声援よろしく!!

たるさんの部屋更新しました

 <津田ホームページ>
                             H27・夏休み号
             「たるさんの部屋」

  夏休みが終わりました。
 この夏津田ジュニア(少年)は招待大会に数多く参加しました。
 たくさんのチームから招待をしていただくようになりました。感謝です。

 朝練や週末もほとんど休むことなくスタッフにも大変な目に合わせました。
 そのスタッフに常々言い伝えることは、サッカーを通じて子どもの将来まで考え
 「いい大人へ」と願い津田の未来へ向けて「繋げる」子どもに育成してほしいです。
 実際現在の津田スタッフもそうして子どもの頃から育ち今が在ると思います。

 「自分のことだけ自分が一番」と「自己愛」で育った最近の子どもには、特に
 「人のために、利他の精神」で生きることの素晴らしさを教えたいものです。
 「無関心、無感動、無気力」の子どもにはあきらめず「この子を何とかしたい」と
 「情熱こそが人を動かす」と熱い思いで子どもに接するようにも伝えています。
  地道に活動をしていたらこうして多くのチームが招待してくれると信じています。

 6月に〔日本一きれいなチーム〕を掲げ高校生として将来の人として「生きる基礎」
 を作ろうとした姫路高校サッカー部には貴重な体験をさせるべき夏でした。
 今年は全国総体(インターハイ)が兵庫県(神戸や三木市)でありました。
 この機に何チームか全国クラスを見ることがありましたがどうしても私の性格上
 サッカー以外の立ち居振る舞い(行動、服装、姿勢、言葉づかい)が気になります。
 全国出場のチームにも「ウーム?」と思われるチームもかなりいました。
 勝つことが一番、優先なんでしょうね。勝ち結果を出すとステータスが得られますし。
 でもこの年代には何が大事なのでしょうか?
 指導者と懇意にしている大阪桐陰高、高松南高、米子北高の三校を姫路高校に
 来ていただきました。予想通り〔きれいなチーム〕でした。呼ぶ価値がありました。
 指導者の信念がセカンド(サブ)メンバーにも伝わってることが嬉しく思います。
 と同時に「ほっ」としました。岡山ファジアーノへ行った時も味わいました。
 この安らぎに似た安堵感は一体何でしょうか?
 この年代にはこれが大事だと思うのですが、、。やはり古い昭和の人間ですかね。
 現在兵庫の二強である神戸弘陵高セカンドチームと滝川二高には2年生チームが
 来校。同年代、同地域でも少年のころから「全国」を見てる意識の「違い」を
 市姫の部員に感じさせました。同時にチームの雰囲気も実感させてみました。

 この夏の楽しみの一つ「大山合宿」。初日は米子北高に合宿地まで来ていただき、
 二日めには大山登山を挙行。少し大山をなめて悪戦苦闘。やりきる大変さと制覇した
 「達成感」を得てチーム、仲間が「一つになる」実体験をさせました。
 もう1つの楽しみであった「聴覚障害日本代表チーム」が来校。
 世界大会アジア予選が9月にあり、その大事な最終合宿初日にたくさん合宿候補地が
 ある中でグランドは土でしかも実績も実力もないひ弱な姫路高校を選んでくれました。
 試合は強いフイジカルに飛ばされてながら激しい戦いに耐えて何とか引分けました。
 姫路高校の部員を少し見直しました。
 最後の挨拶には「来て良かったです」と言っていただき「ほっ」としました。
 ハンディを背負った上、恵まれない仕事環境の中で愚痴も言わず大好きなサッカーで
 「世界」に向いてる生き方や輝いた目を見た姫路高校部員には強烈なインパクトの
 あった一日だったと思います。サッカーだよりには次のように書きました。
 「体は不自由でも不幸ではない」「体の自由は効くのに頑張らないことが不幸」と。

 あっという間の40日。今年の夏もいっぱい貴重な「思い出」ができました。
 子どもや生徒やスタッフや出会った全ての方々へ感謝です。

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                             H27  7月夏号
             「たるさんの部屋」

  さぁ夏休みが始まります。高体連サッカー最後の夏です。

  津田ジュニア(少年)は毎朝の練習量で兵庫県大会の常連になり、つい先日に
 行われた兵庫県大会予選リーグ突破から決勝トーナメント進出はしたものの、、
 今年から始まった県トップリーグでなかなか勝てず大苦戦。
 他地域と姫路とレベルの差の大きさを痛感する日々です。
  ジュニアユース(中学)年代にもっと大きさ差となり、高校年代となると
 県では全くいっていいほど通用せず春の県総体でもベスト16に皆無。
 遅きにあるが4種から2種(高校)まで一貫として強化を図らないと。
 半年後に退職となしますが姫路全種の指導者が一体となる仕事をやりたいです。

 現場の姫路高校は赴任して2年少し。5月県総体で3年が引退しますが今年初めて
 主将一人が残って1、2年を引っ張ってくれ西播Uー18リーグ戦では相手校は
 3年生主体ではあるのもかかわらず接戦を粘り勝ちし現在2位です。(7/12)
  ダントツ首位はエストレラユース「独り言:早く県や関西でやってほしいが、、」
 1試合を残し目標としていた秋にある県リーグ参入戦に出場を決めてくれました。
 前々任高福崎高では赴任3年めで県ベスト8に翌年ベスト4。6年後には決勝へ。
 前任高琴丘高でも赴任3年めで県新人ベスト4シード。そして6年後に決勝進出。
 姫路高での3年後を見届けることはないのがちょっと寂しいですが、、、
 姫路高校新チームの〔スローガン=日本一きれいなチーム〕を掲げて
 高校生として将来の人として「生きる基礎」を作って去ろうと思います。

  この夏うれしいことがあります。
 私らが強化目的で13年前に立ち上げた「西日本強化リーグ」の同志たちがなんと
 4チーム今年は兵庫県である「全国総体」に出てきます。
 それ以外にも長いお付き合いで今や全国の強豪となった大阪桐陰高も出場決定。
 そのうちの3チームがセンカドチームですが姫路高校に立ち寄ってくれついでに
 練習マッチをしてくれます。全国レベルと対戦というめったにない経験です。
 日程は8月2日大阪桐陰高。8月3日高松南高。8月4日米子北高です。
 時間が許せばぜひ姫路高校に足を運んで下さい。

 お盆には恒例の「大山合宿」前期:8月12~14日津田少年(4、5、6年85名)
 後期:14~16日が津田ジュニアユース(45名)と姫路高校サッカー部(45名)
 大自然と天然芝と人工芝で強化する一方米子北高と対戦「大山登山」にも挑戦します。
 「大山合宿」明けには私が35年間高校サッカーに携わり兵庫高校サッカーの
 目標として背中を追いつづけた二強である〔神戸弘陵高〕と22日に出かけて
 もう一強〔滝川二高〕にはセカンドチームですがが姫路高校で28日に胸を借ります。
 これから私自身が障害サッカーに取り組みたいと思ってますが22日に姫路高校に
 教え子が監督している「聴覚障害日本代表チーム」が来校し対戦します。
 夏の終わり27日にはJ2岡山ファジアーノへ。
 ファジユース監督田淵先生とは笠岡工業や興陽高校時代に、またファジアーノGMを
 されている下山先生には岡山理科大付属時代に共に全国をめざした素晴らしい
 人間性の持ち主です。そうした多くの指導者の出会いがあったからこそ今があります。

 この夏もいつもながら6時30分には家を出て少年の朝練習からスタート。
 あと半年。それぞれお世話になった人々に「お礼」方々姫路高校を体験を積ませ
 「自信」と青春の「思い出」を作ってやりたいと思っています。

 

たるさんの部屋更新しました

 

                             H27、5月春号
             「たるさんの部屋」

  緑がきれいです。5月。新年度が始まり2ヵ月になります。

  65歳。今年で再任用も最後の5年目に入りました
 いよいよ教師生活も最終章へ。43年の歴史に幕を引く年になりそうです。
 姫路北高(定時制)6年。福崎高12年。琴丘高23年。今の姫路高で3年め。

 私のできることは43年間生徒から学んだことを現役の生徒に伝えることだと思って
 います。
 姫路高の生徒も福崎高、琴丘高の生徒と変わらず感受性が強くて優しく、温かくて
 素直です。

 私自分自身常に生徒と接する時にこころがけてることは
 「元々悪い子どもは一人もいない。だが子どもを悪くする大人は山ほどいる」
 だから我々大人は子どもを育てる責任と義務があります。
 私が出会った生徒のジッ体験談の話をすると多く生徒が涙して聞いてくれます。
 それは私の話で涙しているのではなくその生徒の思い出(ストーリー)に涙して
 いることが多いものです。
 ですからその「思い」に立ち入ってはいけないと思える歳(キャリア)になりました。

 また注意して生徒に関わりことは「転ばぬ先の杖(つえ)」という接し方ではなく
 「転んだあとの強(つえー)味方」になりたいと思っています。
 先にやりすぎず「気の効いたお節介」を心がけています。難しいですが、、、、、

 姫路高校サッカー部は新入生は21名(うち2名マネージャー)。
 総勢60名となりました。何名かは私を慕って入部してくれています。
 ですが、、、県総体は早々に負けてしまいました。でも最高のゲーム内容でした。
 気持ちも戦い方も、持っている技術、戦術も全て出し切り戦いました。
 ここが今の市姫路のいいところです。勿論負ければ悔しいしいっぱい反省は出ます。
 40年近く高校サッカーに携わっていますが、これほど負けても「スカッー」と
 した気持ちになれたには過去にありません。全力を尽くし戦った生徒たちに感謝です。
 自分で言うのも何ですが今の姫路高校サッカー部は本当に「きれい」です。
 周りの指導者、保護者、見ていただく人々からも「気持ちが良い」と声をそろえて
 言っていただいてます。これくらいしか私は残せませんが、、。

 津田も40周年後次の50年に向かってスタッフの日々勉強ぶりが目につきます。
 スタッフの意欲、成長、取り組み、子どもへの関わり方を見るのが楽しみです。
 4月には6年が姫路市民大会も制して兵庫県大会出場を決め、今年から始まった
 兵庫県大会トップリーグに毎月参戦し得難い経験を積んでいます。
 新入団生はキンダー約30名、新1年生25名。ジュニアは総勢180名。
 ジュニアユースも新入団生18名。総勢45名。嬉しいことです。

 社会人3チームやエストレラ姫路の試合を観戦に行くことも楽しみの一つです。
 このメンバーの多くがキンダーを経てジュニア、高校サッカー界と私と「夢」を
 共有してきた言わば「同志」ですから。
 いつまでもかわいいし、これからも「追っかけファン」の一人としていたいです。

 本年度も津田、エストレラ、姫路高校はもちろん私のこともよろしくご支援下さい。
 65歳。「大ブレーク」直前。エネルギィーを今確実に蓄えようとしています。
 夏には「たるさんの部屋」にまたいい話が載せれますように、、、ガンバります。

 

樽さんの部屋 UPしました

 

                        H27、2、20
       「たるさんの部屋」

  新しい年からはや2ヵ月が過ぎようとしています。
 今年は寒いですね。
 40周年記念行事とパーティーの余韻に浸る間もなく行事が進んで行きます。

 国民共済主催の兵庫県少年サッカー姫路地区予選が7月から実に半年をかけてあり
 ました。津田は一次、二次リーグを何とか突破し2月8日(日)準決勝、決勝が
 津田小がホームで行われ準決勝は白鷺と大接戦。
 互いの監督は私の福崎高時代の教え子で初めて近畿大会に出場しベスト8に
 入った中心選手の二人の対決で少年(津田ー白鷺(旧白鷺))でもライバルでした。
 また私事になりますが津田5年の主将は2番目の孫です。
 キャンプテンシーが乏しく甘い孫ですが最近急速に自立しはじめその行動、言動に
 目を見張っていました(実は公にはできませんが孫にも孫なりにしっかりしないと
 いけない出来事がありました)試合は一進一退で延長かと思えましたがラスト2分、
 その孫がFKを直接決め決勝へ。決勝は予選リーグでなかなか勝てない苦手の広畑
 でしたがこの試合は孫が3アシスト1得点。その得点もCKで風をうまく使い
 巻いて直接決めた瞬間は恥ずかしくも「鳥肌」が立ちました
 この結果4、5、6年全学年で県大会へ進むことができました

  6年生は41回を迎える姫路市少年サッカー友好Aリーグー戦4連覇。
 5年前まで3連覇をしていましたが一時2位になり連覇が途切れましたが再び
 連覇街道が続いています。嬉しい限りです。
 周りの指導者から津田の子どもたちは「卒業が近づくとよう伸びますね」と。
 こうした結果もその証拠の一つだと思います。
 4年生終わりから5年にかけて子ども自身も苦しんだ時がありましたが
 日々成長し今は落ちついて堂々とした戦い方に目を見張るものがあります。

 私はサッカーに携わって40年余。常々思っていることがあります。
 負けて覚える、挫折して気づく、失敗しても次に向けてがんばる。
 勝ちっぱなしなんてあり得ません。もしいつもうまくいくと多感な時期の子どもは
 勘違いを起こしてしまい壁が来ると乗り越えずに逃げてしまいます。
 世の中うまくいくはずなんてほとんどありません。
 私は兵庫県で決勝(ファイナル)進出は少年で3回、高校で4回。つまり2位です。
 シルバーコレクターです。3、4位なんて数えられないくらいです。
 あと一歩ばかり、、、、そのあと一歩の子どもたちと初めてタイトルを取ったのが
 「全国クラブサッカー選手権」。この日のために続けてきたようなものです。

 最後まであきらめない、がまんがどれだけできるか、粘りはあるか、努力は、、、
 それが人間力を高めると信じて指導してきました。
 卒業生が会うたびに言ってくれる言葉があります。
「高校時代、先生のあの厳しさがあったから社会人となった今でも頑張れる」と。

 「恥」を持って人のために〔利他の精神〕厳しさに耐える精神を身につけること。
 未来の日本を支える子どもに日本の魂(武士道)を植えつけることを我々大人は
 忘れてはいけないと思います。でないと日本でなくなります。

 

たるさんの部屋UPしました。

 

  あけましておめでとうございます。

  また新しい年を迎えました。
 皆様におかれましても今年も健康でどうか幸せが多くきますように、、、、

 只今(1月3日、10:00PM)です。
 津田サッカークラブ40周年記念行事とパーティーを終え帰ってきました。

 幸せな時間でした。
 午前は(ノアフットサルコート)少年たちが歓声をあげフットサルを楽しみ、
 12時には40周年セレモニーで私から挨拶を。
 少年からJrユース、社会人、津田OB、福崎高OB、琴丘高OBなど
 私の大事な宝物であるみんなの前で40年の「思い」を聞いてもらいました。
 午後はJrユースと大人たちのフットサル大会でした。
 1期生が50歳を越えました。オヤジ、いやおじいちゃんにもなっています。
 教え子たちが自分の息子たちと同じユニホームでフットサル。その光景に感動。
 息子に勝てなくなり口だけで対戦する教え子。でもいい顔しています。
 子どもたちが親を越え、後輩たちが成長していく、それが伝統かも知れません。
 久しぶりの教え子たちは子どもの頃と変わらずプレータイル、クセはそのまま。
 見ているだけで笑顔になりガキの頃の出来事が走馬灯のように蘇ります。

  「やってきてよかった、、、続けてきてよかった」

 夕方6時30分からはキャッスルホテルでパーティ。
 「還暦と退職のお祝い」で250名近い生徒らに囲まれてから4年。
 この日は津田の関係者、OBら約120名らと思い出に華を咲かせました。
 うちの家族も全員招待していただき「至福の時」を過ごさせてもらいました。
 教え子たちの母親役として津田の歴史を見守り支えてくれた嫁も満足顔。
 長女家族(娘婿はJrユースの監督/長女はジュニア、キンダーのコーチ)
 長男(16歳)は津田ジュニアとJrユース卒。次男(11歳)ジュニアの5年主将。
 二女家族(娘婿は琴丘卒で現エスト社会人/二女は津田事務局を一手に引受けてます。
 長男(4歳)と長女(2歳)は津田のキンダーコース。
 三女はなでしこのレフリー。
 樽本家も津田のメンバーのあたたかい思いの中でみんなに大事され育ってきました。

 パーティは功労賞、特別賞や懐かしいメンバーとの再会、懇親で大いに盛り上がり
 ました。

 実行委員会を何度も開き打ち合わせを繰り返し準備から当日まで細心をはらって
 完璧にしてくれました。
 津田グッズ、手作りの景品、心のこもった40周年記念誌など教え子たちに
 全てに甘えた最高のお正月でした。
 あらためてありがとう。感謝です。

   津田ファミリーばんざい、最高!!

     これからも続く「夢の循環」

 

 *立ち上げ(23歳)から10年
 「子どもが大好き」という理由だけでサッカークラブを立ち上げました。
 最初の10年はサッカー経験のない私にとって怖いもの知らずにただまっしぐら、、、
 創部3年目で兵庫県少年サッカー大会6年の部で準優勝(2期生)
 4年目も兵庫県少年サッカー大会5年の部で準優勝(4期生)
 5期生は「あわや、、、全国出場か」(全日本少年サッカー県予選準決勝でPK負け)
 7期生も姫路ではタイトル総ナメ。県大会でも大活躍「姫路に津田あり」と。

 *10周年(34歳)から~20年へ
 福崎高に転勤した30歳からは高校サッカーに没頭するあまり少年の朝練も
 土、日曜の定期練習も関わりが少なくなり津田少年の力は急激に低下。
 私の指導信条である「子どもと同じ時を同じ空間を過ごす」ことが少なくなった。
 救いは子どもたちが大人になり戻る居場所のためにたち上げた社会人チームが
 兵庫県リーグ優勝を幾度か重ねる一方全国社会人選手権に二度も出場を果たす。
 20周年直前41歳で大病を患い生死を彷徨う苦しさを味わい絶望の淵に。
 しかし教え子たち、子どもたちに支えられ何とか現場に復帰できました。
 ※「20周年記念行事」は当時Jユースカップ優勝のガンバ大阪ユースを招待。
 中心選手は全日本主将として二度のW杯出場した宮本選手であり即Jリーガー3名が
 ピッチにいるという豪華で試合内容もおもしろく多数の観客をわかせました。
 津田Jrユース(中学)は京都パープルサンガに勝利を納めるほどの力でありました。

 *20周年(44歳)から30年へ
 そして1996年その日はきました。
 私の退院祝いをと「全国クラブチーム選手権で優勝」アマチュア日本一となり
 再び生きる勇気をもらいました。
 津田少年部の主力が当時赴任していた琴丘高校サッカー部に多数入部。
 その琴丘高が兵庫県高校サッカー選手権決勝進出や近畿大会三位まで躍進をしました。
 ただその後つなぐことしかできず少年部は結果も出ずに苦しんでいましたが
 数多くの卒業生がスタッフとなり戻ってきてくれ先に何とか光が見えました。

 ※「30周年記念行事」は教え子の元リーガー、現役Jリーガー3名が華を添え
 交流戦はもちろんたくさんの催し、バザー、親子サッカー、キックターゲットなどで
 保護者もふくめ約400名近い参加者で大いに盛り上がりました。

 *30周年(54歳)から40周年(64歳)へ。
 今年はキンダー25人、ジュニア165人、Jrユース約60人、社会人約45人。
 この10年で多くの卒業生中心のスタッフの尽力で数々の栄光の誇りを獲得しました。
 全日本少年サッカー大会県予選準優勝。関西大会少年サッカー大会出場。
 近畿スポーツ少年団ではここ5年で4度の出場についに今年ついに「優勝」
 姫路市民大会「3学年制覇」の年度や40年の歴史を持つ姫路市友好リーグ戦では
 Aリーグ3~6年まで「全制覇」や「連続優勝」を続けている。まさに絶頂期。
 Jrユースも高円宮杯は姫路地区代表で県大会常連となり、
 ユースも3年間活動し姫路市民大会優勝という実績を残し役目を終えました。
 津田トップ社会人は県リーグ所属をエストレラ姫路に〔姫路にJFLと〕移行。
 そのトップは県リーグに昇格し粘り強く津田の伝統を受け継ぎ未来の少年の指針と
 なるように戦い続けていることが嬉しい限りです。

 それはスタッフ、ファミリースタッフ総勢33名の充実とスタッフが学ぼうとする
 日々の研鑽の積み重ねこそがその大きな要因だと思います。
 たくさんの「津田を愛する気持ち」のお蔭で記念すべき日を迎えられたことを
 感謝したいと思います。

 

樽さんの部屋更新しました。

〔たるさんの部屋〕      <冬の初め号>   H・26・12・11

   何か足りない、魂が伝わらない

  チームで一番大切なデシプリン(規律、約束事)もしっかりしてきた。当然挨拶も
 身形(みなり、服装、歩く姿)も。周りの評価もよくなった。
 会うたびに「市姫が変わりましたね」と声をかけられる。嬉しいことだ。
 でも何か足りない「人のために」「気づく」ことが本当にできているか?、、
 何事も「魂込めて」「一所懸命」やっているか?と言えば、、、そうでもない。
 強い相手に立ち向かう気迫、手を抜かない自分への厳しさはというと明らかにない。
 甘くずるく自分身勝手な面が多々見える。このままではこのチームも、、とその矢先
   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 やはり悪い予感があたり周りの人に嫌な思いをさせたり野球部への配慮の無さが出て
 クラブがしまらない。
 ◆そこで11月12日(水)に1・5・3・本・ダ・ッ・シ・ュ・敢・行・
 俺から琴丘高サッカー部卒(152本走った、また主将クラスメンバー)にメールを
 しました。その諸先輩方からのメッセージを簡潔に。
 ・153本ですか、、、すごいですね。当時走ったことでチームが一つに結束した。
  やりとげた自信がプレーに変化した実感がありました。今後の市姫に期待。
 ・先生が市姫に行かれてまだわずか、、、記録を破るには早いのでは?(笑)
  でもやりとげた市姫部員の根性は認めます、やった者でないとわからない。
 ・先生の熱意を感じる生徒は市姫にもいると思います。将来その生徒らとエストや
  津田社会人で福崎、琴丘と同じにしてプレーを一緒にできたら最高だと思います。
  走りきった仲間として待ってます。
 ・メールを見て市姫の生徒が羨ましく、教師生活ラストの先生と一緒に過ごせる
  市姫の部員にジエラシーを感じます。
 ・ついに越えられてしまいましたか!先生の思い、熱意は市姫部員に届いていると
  思います。ひたむきに頑張る積み重ねの大切さにいつか気づき、社会人になって
  高校時代のその積み重ねが今も力となっています。
 ・僕等の記録を超えましたか~~。生徒たちは大丈夫でしたか?
  時代は変わっても先生の教えは変わらずいろんな生徒に伝わっていますね。
 ・僕等の学年はヘタくそでしたがみんなで目標に向かって走ったのは本当にかけがえ
  のない思い出となっています。
 ・社会人となった今でも仕事に行き詰まるとあの100。150。100と走った
  3日間が思い出され力になります。
  自分との闘いと仲間がいないと成しえなかった思い出が蘇ります。
 ・今までも走ったことが何度も何度も支えと自信になっています。
  きっと市姫の部員も何年か後に高校時代の思い出として気づくと思います。
   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ・(高砂南高吉川先生から)
  9日(日)は雨にもかかわらず相手していただきありがとうございました。
  市姫にいくたびに刺激を受けます。
  実は市姫戦の翌日やり切られた悔しさに高砂南は121本走りました。
  県選手権東播予選であと一歩で出場を逃してからチームの意識が変わりました。
  周り方々も驚いていましたし私自身もそう感じていましたが、、、
  何か足りない軸や芯になるものが「魂」が欠けているモヤモヤ感がありました。
  その思いのベースはやはり私自身が琴丘高での経験でした。その足りない「魂」を
  高砂南の部員に100、150、100の話をし、過呼吸で意識が無くなったり
  走りおえて全員がぶっ倒れたり、すごい声で仲間と励まし続けたり、当時にカゼで
  休んだ者が走れない悔しさに早朝一人で100走り放課後みんなと150走った。
  ことなどを。36歳になった今でも100本ダッシュが魂の中で生き続けてます。
  早速市姫の153本ダッシュの話を生徒にして、そして走ります。

 

 

 

〔樽さんの部屋〕               冬の初め号(その2)

     市姫路高サッカーだより・第51号・平成26年11月26日発

  (部員のレポートより抜粋)
     ◆11月12日を忘れない!!
  ーーーーーーーーーーー<部員の共通の言葉>ーーーーーーーーーーーー
   ・一体感・達成感・魂の声・一致団結・充実感・チームが一つ・自信
   ・価値観が変わった・限界を超える・思い出・やり切った感・感動・絆
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ・いろんな思いのある中での153本。今までのダッシュとは明らかに違っていた。
  大澤の声が変わっていくハルトの声も泣き声に。樽さんのいう「声を出せ」って
  言わなくてもほっといても本気になれば「魂の声」になる。その声が聞けた。
  ミネトの声にも何度も助けられた。こんな時いつも思うのがマネージャーの存在。
  水を用意してくれる、足がつって倒れたらすぐ来てくれる。声まで出してくれる。
  この4人でよかった。部員が一つの「絆」になった。こんな経験は初めて、、、
  最高の日、絶対に忘れない「11月12日」になった。
 ・播戸先輩らを超える153本。スタミナが持つか不安だったが走り始めるとそんな
  こと考えてる余裕もなくハルトが過呼吸で走れなくなったがハルトの必死な声が
  励みとなった。100本を越えてから早く感じて走り切った時なぜか泣いていた。
  今まで生きてきて達成感で泣いたのは初めての経験でした。
  全力で取り組めたのは樽さんやチームメイトのお陰です。心から感謝します。
 ・最後になるにつれドンドン声が大きくなり先生の言われていた「魂の声」に
  みんなが変わっていくのがわかりやりとげたあとの充実感でいっぱいでした。
 ・153本ダッシュしてほんとうによかった。1年生がチームに迷惑をかけて
  罰とかそういうのではなく何かやりたかった時に樽さんから告げられた時に
  「よし!やる、そして自分を変えるぞ!」ととてもやる気が満ちていました。
  50本過ぎた時に団結力が見えてきてハルトが走れなくなったがその叫ぶような声
  に勇気づけられた。あいつの分も走ろう、、、初めて人のために走った気がした。
  100本越えて魂の声が聞こえ「チーム全員が一つになれた瞬間」でした。
 ・「甘い自分から卒業したい。一本、一本、本気で絶対に先頭で走りきるぞ」と。
  最後の方は走りながら涙が流れてきました。このチームで良かった。だからこそ
  このチームでもっと上に行きたいと強く思った。走り終えて全員とハイタッチしな
  がら心が温かくなりました。苦しいことを乗り越えた「達成感」を味わえて
  気持ちが本当に良かった。
 ・過去の樽さんの教え子たち福崎、琴丘の歴史を越えることができたのは大きな自信
  となった。
  153という未知の領域で限界を越える不安の中でみんなも体中痛みで悲鳴をあげ
  ていたと思うけど隣には仲間がいる一人ではない。仲間の大切さも知った。
  走り終えて仲間と抱き合って達成感を共有できたことは言葉ではいい表しようの
  ない「感動、充実感」となった。
  先生の言われる大人になって酒を飲む時に話ができることができた。
 ・自分を変えようと走り始めたが持てる力を出す、自分が走り切ることで精一杯。
  まだまだ甘い。みんなでハイタッチして抱き合うみんなを見ていいチームだなあ。
 ・いろいろあったけど全員で153本走ってよかった。レイヤやハルトにももちろん
  助けられた。あの二人も走りたかったやろうに。
  自分としては途中で過呼吸で声が出なくなったのが心残り。
  亮君が「お前が一番長い距離走っていたな、がんばったな」と声をかけてくれた。
  人より長く走ろうと2、3歩先にゴールをしようと決めていたことを見てくれた。
  みんなに支えてもらいながら走りきれたことは自信になり「宝物」ができた。

   ・先生がよくいうやればきっといいことがある。自分で体験しないとわからないと。
  苦しいはずなのにみんなで走り終わったあとはすごく気持ちがよくやりとげた感動
  をし「これがそういうことだな」と初めてわかったような気がしています。
 ・高校生活で強烈な思い出ができた。自分にとって、とても大きなことだ。
  この思いを練習や試合で出さないと意味がない。きっとこれから頑張れる。
 ・チームを一致団結させるいい機会になった。やり終えてしんどい、疲れたという気
  持ちより達成感、やりきった感でいっぱい。
  その後の1年のミーテングで今後の決意表明をした。
  みんながもっといいチームにしたい勝ちきれるチームにという言葉が嬉しかった。
 ・私たちのせいで何も関係ない人や先輩まで苦しい思いをしなければ、、、と思うと
  とても悩みました。ふだんの100本ダッシュの時は正直「みんなの役に立ててい
  るかな?」と疑問でした。でも153本ダッシュの時はいつもより周囲の気配りに
  心がけ倒れている人がいれば真先に行くことができた。みんなの苦しそうな表情を
  見ると申し訳なくて辛くなりました。心の中で「頑張れ!」と思うがその気持ちが
  届くわけないし、、、でも終わりに近づくと勝手に「声」が出ていました。
  あんなに人に対して「頑張れーっ」と思えたのは初めてでした。
  走りきった部員さんをとてもとても尊敬するし感動をもらったし今後もこの人たち
  の役に立ちたいと思った。市姫サッカー部のマネージャーでよかった。
  樽さんが市姫の監督で本当によかった。とあらためて思える日になりました。
  1年だけの柔道場でのミーテングのあと樽さんと約束したように今まで以上に
  部員みんなを見守ります。
  樽さんの長いサッカー人生の中できっとこの部員のことが心に残ると思いますが
  「あの時のマネージャー4人はすごかった」と語ってもらえるマネージャーに
  なれるよう簡単ではないけど努力します。
 ・ハルトが倒れて抜けた時「きっとあいつも一緒に走りたいやろうな」と思うと
  「まだまだやれる、もっとがんばるぞ」と思え、枯れるくらい大声で叫ぶハルトが
  かっこうよく思えた。走り終わったあとすごく気持ちが良くみんなで支えあって
  「これがチームなんだ」と思えた。このチームでもう1回県で勝負しリベンジを
  したいと強く思った。先生が言っていた「走りきったあとの感動」というのが
  やってみて初めてわかった。
 ・絶対に何があろうが最後まで走りぬくと決めていたのに最後の最後にみんなに支え
  られる形になり情けなく思ったと同時に市姫サッカー部はほんとうにあたたかく
  良いチームであることがあらためて思いました。
 ・今までの未知の100本を過ぎてから足が重く体もきついはずなのに勝手に声が出
  てみんなの声も「力」になり走りきれた。これが先生のいう「チーム」なんだと。
 ・100本を越えてからすごかった。声はもちろんスピードも上がった。
  亮君がハルトのために「154本目行くぞ」とラスト1本。これが「チーム」
 ・ずっとケガで見学しかできないがみんなを見ることができる。
  153本走って琴丘高に負けてから練習の雰囲気が変わった。ゲームのムードが
  すごい。声の大きさ、勢い、あたりの強さ、全員が全力でやっているのがわかる。
  そしてプレーについて色々話す声も聞こえる。これを続けてほしい。
  練習もそうして意識していくときっと変われる。僕は僕にできることで頑張る。
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
   利他の精神、忘己利他
 自分を犠牲にしてまでも人の利益ために行動をする。
 理事長をしているエストレラの精神を市姫にも伝えたい。
 前任校琴丘高にも22年間居て伝えたつもり。姫路も捨てたもんじやない、
 それぞれが目標とポリシーを持ち姫路にはこんなチームがあると切磋琢磨したい。

 

樽さんの部屋更新しました。

たるさんの部屋                  H26、10、30

                号 外
             
    こんなことがあるのか、、、奇跡か??
    子どもがすごいことを、、、大逆転優勝!!

   「国民共済主催*兵庫県少年サッカー大会姫路予選(6年生の部)」

 ◇予選一次リーグ◇西播/白鳥/夢前/津田*2回総当たり。
  西播に0ー3で破れ白鳥戦も完全にペースを握られて先制される。チャンスが
  ないまま負ければ一次敗退という状況も考えられる中で残りわずかで追いつき
  勝点1を拾いなんとか二次リーグへ。この勝点1で救われた。

 ◇予選二次リーグ◇大塩/余部/妻鹿/水上/津田*2回総当たり。
  同リーグに大塩、余部、妻鹿など強豪がそろいどこが勝っても不思議でない。
  過去の対戦から今まで苦手意識のあった余部に3ー2、4ー2の接戦だが
  ものにできたのが大きく実力チーム大塩と引分けたものの7勝1分けで
  決勝リーグへ。この頃は子どもたちの調子もよくいい感じで戦えていた。

 ◇決勝リーグ◇ルゼル/網干/妻鹿/津田*2回総当たり。
  ルゼルには全日本少年サッカー大会予選決勝1ー2で破れ第二代表へ。
  今年のルゼルは北野コーチが手塩をかけて作られた攻守にバランスが取れた上
  個人でも姫路トレセンに最大の人数を送り込むなど能力の高い選手が数多くいる。
  あきらかに優勝候補No1。
  網干は伝統の早いプレスとゴールに向かう速さは脅威。
  あきらめない粘りも今年も健在で津田が一番苦手とするタイプ。
  もう一チームの妻鹿。スポーツ少年団県大会を津田と同じくブロック優勝を果たし
  近畿大会に出場している。
  各ポジションに好選手がいてFKなどセットプレーにも定評がある。
  ということはどうみても津田は4番手か?
  その上になんとも言えない致命的なアクシデントが起こる。
  エースストライカーでスポーツ近畿大会で総得点17点を一人叩き出した
  得点源の佐々木たかやが骨折。1ヵ月近く離脱。重苦しい雰囲気の中で始まる。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ◇決勝リーグ◇第1戦・●津田 0(0ー1、0ー0)1 ○網干
        第2戦・●津田 1(1ー0、0ー2)2 ○妻鹿

 ・第1戦、第2戦はいい内容ながらまさかの2連敗。

 ※翌日の朝練習で私から6年生へのコメント。
  (すでに県大会出場決めた4年生をお祝いをする一方で以下のように)

 「ラッキーや。トーナメントなら終わってる。2戦2勝しているルゼルとの
  2試合対戦を残している。これまたラッキー。
  台風で試合が延期になって佐々木が治る時間があるラッキー。
  2回負けたことで気が楽になり思い切りやれることもラッキー。
  そうなんや全てにラッキーなんや。
  今日からも一生懸命練習していい方に考えていたらきっといいことが起こる。
  さぁこれからドラマが始まる。奇跡の大逆転のドラマを起こそう」

 

 

 *10月13日(祝)が台風の影響で25日(土)延期となり佐々木の骨折には
  いい状況となり朝練での子どもたちもいい顔でトレーニング。奇跡を待つ。

 ◇決勝リーグ◇第3戦・○津田 6(4ー2、2ー0)2 ●妻鹿
        第4戦・○津田 2(1ー0、1ー0)0 ●ルゼル
   ・4戦終わった時点で・勝点7にルゼルと網干が並び、勝点6で津田が
    追いかけるが残り2試合とも引分けや負けは許されず勝つしか状況。

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 ◆◆◆運命の10月26日(日)

 ◇第5戦・○津田 2(0ー0、2ー1)1 ●網干
   <以下はスタッフ長谷川からの大会進行情報メールから>
 〔網干戦〕
  1ー1で「もう無理か?」という残り30秒。網干のカウンターを津田が
  カウンターで返し左サイドを突破した佐々木からのボールを左DF福本が
  ニアーに飛び込み「劇的勝利!!!」最後の最後にまたも望みをつなぐ。
  ベンチももちろん本部席も大盛り上がりし私(長谷川)も飛び出しガッツポーズ。
  エース佐々木の骨折も治りいい内容のサッカーで2勝あげて望みをつないだ。

 ◇第6戦・○津田 2(0ー1、2ー0)1 ●ルゼル
 〔ルゼル戦〕
  引き分け以下ならルゼルの優勝。
  そんな中で前半ルゼルが先制。後半に入っても時間はドンドン過ぎていく。
  「今度こそ無理か?」だが子どもたちはあきらめずにクロスに3、4人が
  ゴール前に飛び込んでいく。勝ちたい気持ちがこちらにも伝たわってくる。
  残り10分を切ったところで佐々木が抜け出し1ー1。この時点でも引分けで
  いいルゼルが断然有利。誰もがルゼルが、、、、と思う時間帯。
  子どもも楢さんをはじめベンチもあきらめていませんした。
  必死に叫ぶ「声」や戦う姿は感動的でした。
  3分を切ったその時佐々木が左サイドを突破し今度はDFの上野が押し込み
  またもまたも「劇的ゴ~~~~ル!!ゴ~~~~ル!!」
  脚本家が描いたドラマのようなこんな結末が起こるとは、、、
  劇的、感動的、ドラマチックな幕切れで県大会のキップをつかんだ。

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  ずっと続けてきた朝練。「努力とは決めたことを続けること」
  いろんなスタッフ、ファミリースタッフ(おとうさんスタッフ)に指導して
  もらった土日の定期練習。それに対して「感謝」を覚え仲間との協力を知り
  4年の終わりから5年にかけてさまざまないろんな困難や出来事を乗り越え、
  サッカーというスポーツがこの子たちを大人へと成長させた。

  子どもたちのあきらめない津田のスローガンである「一所けんめいひたむきに」
  がんばる姿に我々大人が感動ができことに感謝!「感謝」の言葉しかない。
  子どもたちに、心から「感動」をありがとう!!

  思い切り県大会を楽しんでこいよ。またパーティしような。

たるさんの部屋UPしました

 

〔たるさんの部屋〕      <秋の初め号>   H・26・10・15

  秋祭りの季節です。
 だが41歳厄年に大病をしてから屋台を担ぐことができず祭りには参加できません。
 悲しいかな、、毎年秋祭りの連休はサッカー三昧で寂しさをまぎらわせています。

◆4年は兵庫県少年サッカー大会姫路予選を優勝して県大会を出場決定!(11月15、16日)
◆6年は夏の終わりに近畿スポーツ少年団大会を制覇して県大会予選でベスト4に残り
 決勝リーグを戦ってます。
◆ヨッシー(吉田)率いる津田Jrユースは県中学選手権に姫路代表として出場。
 1回戦で惜しく負けましたが持っているものを十分出して引退していきました。
◆津田社会人トップは県リーグ後期なんと1引分から5連勝!3位に躍進(想定外?)

◆姫路高校は6月から真剣に高いステージをめざす気になり1、2年新チーム結成
 わずか4ヵ月足らずで兵庫県高校サッカー選手権出場を獲得できました。
 大会初日まで1週間。先日抽選会に2年ぶり出席。やはりいいものです。
 1、2年で選手権独特の雰囲気を味わうこの経験は大きいし今後の財産になります。
 初戦長田高は県リーグ常連(今年は参入戦)の実力校で相手には不足はありません。
 市姫の選手には失う物はなく持っている全て出してどのくらいできるか楽しみです。
 気持ち的には西播地区予選初戦の淳心戦や代表決定の飾磨高戦より気は楽です。
 代表決定戦の対戦校飾磨高主力の3年間の県大会出場にかける思いに負けないように
 対戦日が決まってから2週間「500本」走り込みましたが中学を出たての1年生は
 鍛えてないためボロボロの状態になりましたが苦しんで苦しんで勝ち取りました。
 今回も県大会出場決定から1回戦に向けて3週間余りで「1000本」を走りきって
 チームが「一つ」になり「やり切り(達成)感」を共有し戦いに望もうと思います。

◇まだ市姫サッカー部を指導して短いですが「たるさんイズム」を浸透させたいです。
 うまい選手やうまいチームはどこにでもワンサといます。
 強いチームは意外に少ないです。強いチームは勝つ、すなわち勝つチームが強い。
 「押していたけど、、、うちのペースやったな、、あれさえ入っていれば、、、」
 とよく耳にする。これって、、、負けている言葉(言い訳に聞こえる)だと思います。
 ジュニア(少年)やジュニアユース(中学)の育成年代と違いユース年代や大人では
 勝つことに「こだわり」を持たないとダメだと常々いや一貫して思っています。
 負けたら悔しい(品がよくないがムカツク、腹が立つ、受け入れるのに時間が、、)

◇私は少年やJrユース年代でも「負けず嫌いの子」は育てたいと思っています。
 負けて「あっけらかん」としたり淡白な子はイヤです。負けたら泣かないと、、、、
 恥ずかしいですが(まだまだ人間ができていない私)大きな大会で負けたら部屋を
 真っ暗にして泣いたり何日間も夜通し寝られずに落ち込んだりしています今も。
 「どうして一生懸命に部員ががんばっているのに勝たせてやれなかったのか?」と。
 いやどんな大会でも練習試合でも少年の試合でさえ負けたら悔しいです。
 今の市姫路高サッカー部1、2年にもこの精神(魂)を植えつけたいです。
 さわやかな挨拶を基本に、行動は「きれいで、機敏に」練習は「一所懸命ひたむき」
 をベースに「負けず魂」を浸透させたいです。相手に立ち向かう不屈の精神力を。
 試合開始からずっと競り続ける、拾い続ける、奪い続ける。絶え間なく続けること。
 あきらめない。やり続けるひっつこさ。「畜生、やったる!負けへんで」
 何点取られようが「クソー!!このまま終わらへんで... 」と。
 簡単に引き下がらず「何か」をつかんで将来の人生に役立たせたい。
 相手が「まだ向かってくるか?」と相手が弱音を吐くほどに向かっていく。

※「たるさんのチームやなぁ~」「たるさん復活やなぁ~」と思わせる戦いを
 新生姫路高サッカー部が県大会で印象づけてきます。  乞!期待を!!