たるさんの部屋UPしました

ふたるさんの部屋                   H28,6月特別号
    1663名の教え子へ
福崎高OBー217人 ・琴丘高OBー404人 ・津田OBー842人
津田現役ー200人(少年162人+ジュニアユース38人)

 

◇NPOスポーツクラブエストレラ主管◇
「エストパーク」
「地鎮祭」が挙行されました。
サッカー人工芝グランド(最高のグレード)と自然パーク〔おかげの森〕の
「地鎮祭」が多くの来賓をお迎えして盛大に執り行われました。
場所は山陽電車「大塩駅」南へ徒歩5分(大塩小南、大塩天満宮西隣)です。

私の長年の夢のキックオフです。嬉しくて嬉しくて、、、、。
そこは私がかかわった多くの生徒たちの「居場所、再会、憩いの場」に。
そこへ来て旧友、先輩、後輩交えてボールを蹴りながら「思い出話」に花を
咲かせてほしいです。また家族そろっての団欒の場にもしてほしいです。
完成予定は10月末。11月には「こけら落とし」を盛大にやります。
来年度の「初蹴り」は新装エストパークを予定しています。
案内をするので楽しみに待っていて下さい。絶対に会おうな!!

 

1663名へ依頼(助けて下さい)

そこでエストパーク建設に伴う協賛金を募っています。
◆1口=5000円   よかったら助けて下さいね。

詳しくは後日郵送される手紙や住所が不明な者はインターネットなどを
見て協力をお願いします。

「たるさんの部屋」4月1日更新にも私のグランドや自然パークへの思いや
将来構想図なども掲載してます。検索して夢を共有してほしいです。

3月退職して現在夢実現に突き進んでいますが、私の一番の願いは、、、、、
厳しく叱ってばかりいた頃のメンバーに会い謝りたいしお礼も言いたい。
昔話もしたい(こう思うのも歳のせいかな?)ぜひ叶えさせて下さい。
この機会に同窓生同士に声をかけ、再会のつながりと縁を復活して広がり
「たるさん」の43年の一大勢力が結集することを祈ってます。

今。結構ヒマです。リバーの買い物帰りや仕事中にうちを覗いて下さい。

<追 伸>
教師生活最後の3年は姫路高校でした。市姫メンバーたちも大事なたるさんの
教え子です。同窓会や新年会で集まる場所がなければ使って下さいね。
みんなに連絡をお願いします(まだOB会や連絡網がないので、、、)

 

※懐かしいメンバーの声が聞きたい/携帯090ー8759ー7778

 

たるさんの部屋「つながり」UPしました

たるさんの部屋                   H28,6月号

 

5月の「出会い」のお話から「つながり」のお話へ。

*「夢実現」への「夢プラン」は着々というより出会う人出会う人の強力な後押しで
もの凄いスピードで進んでいます。
福崎高監督時代に当時近畿大会で交流のあった奈良県大淀高校監督の阿部先生が
静岡県御殿場市時之栖(ときのすみか)裾野スポーツセンター施設長時代にお世話に
なりその後現;施設長となった阿山さんが長年話していた私の「夢プラン」に
賛同いただき姫路に縁の深い人を紹介方々連れて来てくれました。
その人も「まさか!」の「つながり」(必然か?)人工芝業者が決定しました。
今は施工業者入札の段階で11日(土)には地鎮祭を催して着工にかかります。
いよいよです。
5月のたるさんの部屋に「出会い」のお話を掲載しましたが「出会い」は止まらず、
今度は「出会う人」から「つながり」いわゆる「縁」に驚きの日々です。

「夢」から実現へ向かおうとした時に躊躇し、悩んでいたときに出会った先生が
「先生(私=樽本)の後ろにはお徳を持った人々が先生の後押しして応援したいと
今か、今かと待っています。
ですから先生がやろうとする(社会貢献=夢実現)に向かって迷わず進んで下さい」
現在私の精神的主柱としてそばにいてくださるその先生からは
「まだまだこれからです、もっとご縁が広がりますよ」と言ってもらっています。
ですから「やりますね!!」
全力で夢をめざす若者を支援する拠点作りとさまざまな人々が集う「おかげの森」
(一大自然パーク)を築きますね。
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*3月に退職した市姫路高校サッカー部は県総体(インターハイ予選)4回戦。
現在県リーグ所属で昨年秋の県リーグ入れ替え戦で0ー4で完封された伊丹西と。
全力を出し切って勝利した結果、教え子田村先生率いるシード明石商業とベスト8を
かけて戦えました。念願が叶いました。そこまで連れてきてくれた市姫路に感謝。
立ち上がりから堂々としてひるむことなくひたむきに、そして最後まで戦い切り
ましたが1ー0で敗退しました。「もう少しわずか1点」と思われるでしょうが
苦節15年近く手塩にかけて育てられた明石商(その実態を見てきたもので)と
1、2年間の俄(にわか)仕立ての市姫路とは打ち込んだ歴史の「差」は大きいです。
でも高校監督として最後に戦うピッチは楽しくも嬉しくもありました。
神様からの「つながり」のご褒美でした。その「つながり(縁)」は次々と、、、、

前の第1試合に25年以上の「つながり」で琴丘高を含め一番多くの交流があり
育てていただいた鍵野先生の北須磨高が登場。先生とは友が丘高時代から互いに
全国をかけて戦ったこともあり播戸竜二が国体出場の時の監督でもありました。
その北須磨高の対戦相手が鴻谷先生の三田祥雲館。実に30年近いお付き合い。
北摂三田高時代から長期休業中は必ず練習試合を。会えば「ほっ」とできる間柄です。
次の第3試合は昨年兵庫県選手権決勝の再来:神戸弘陵(対)芦屋学園の好カード。
弘陵の谷先生は弘陵が一時期不遇の時代を情熱で立て直し今や全国レベルへと導き
夏休みには弱い市姫路を相手していただき県トップレベルを肌で感じさせて
いただいた経験は市姫路にとって凄い財産となり5回戦まで進出できたと思います。
一方芦屋学園のホテマン監督は姫路出身で正に純粋でまっ直ぐな情熱家。
幾度か遠征に出かけ冬場に鍛えていただきました。
芦屋学園サッカー部員に「人として」のお話をさせていただいたメンバーが昨年度
決勝のピッチに立っている姿を見て感動を覚えました。
私が関わった市姫路の短い年月に少しは歴史が刻めたのも先生方のおかげです。
私の最後の大会の花道の会場にはかくも「つながり」のある先生方に集まって
いただいた「偶然」いやこれは神様の(必然)に感謝した県総体でした。

 

樽さんの部屋UPしました

たるさんの部屋                   H28,5月号

 
やはり出会い

退職後1カ月がたちました。

・教師という仕事は最高でしたが生徒対象で世間とは狭く限定されてました。
ところがこの1ヵ月は教員生活では考えられないほど人々との「出会い」でした。
卒業生たちが各年代別に「退職慰労会」をほぼ2、3日おきにしてくれました。
懐かしい慣れ親しんだメンバーたち、、と昔話に花が咲き時には涙するすることも。
ゴールデンウイーク中のある日などは「慰労会」のはしごでした。ありがたいです。
・買い物に行く先々で。お茶しているとそこへ。食事に入ると教え子が
「昨日先生の夢を見ました」その翌日に「まさか!」の「出会い」など。
少年や高校の試合を観戦に行くと懐かしい教え子、その親御さんに関係者らにも。

・エストの「夢実現」にグランド、自然パーク建設など協力いただくべき訪問先でも
私を何らかの形でつながってる人々と「出会い」に和やかな雰囲気に話が
トントン拍子に進む。嬉しいことです。
建設予定の自然パーク「おかげの森」では莫大な「徳」を持った人たちとの出会え、
また新たな「出会い」が待っているんですね。
そこへ行けば「たるさんがいる」と来ていただければ最高です。
私が動くたびに教え子や教え子の関係者(親、子、親族)と「出会い」が。
学校勤務では絶対に出会えなったことが。驚くほどの偶然が、、(必然かな?)
1カ月でこの「出会い」の数だと、、、、これから先が。。。ワクワクしてます。
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◆津田SCの平成28年度新登録者◆
〔社会人〕57名〔ジュニアユース〕37名〔ジュニア(少年)〕186名
(ジュニア内訳)キンダー21名と1年生が32名新加入。
「スタッフ」コーチ20名/GKコーチ2名/トレーナー1名/メンタルコーチ1名。
「ファミリー(少年)スタっフ」10名。<総勢34名>で指導、育成します。

■4月には姫路市民大会が以下のようにありました
〔6年の部〕は32名がほぼ出場、決勝は延長で惜敗しましたが「悔しさ」を得ました。
今後全国を狙うには「悔しさ」が力になります。6年は津田43年の歴史の中でも
上位にランクされるほど「サッカー好き、仲間好き、練習好き」です。
兵庫県トップ1部リーグでも大健闘中!この1年ぜひあたたかく見守って下さい。
〔ジュニアユース〕は1回戦完勝。2回戦は身体能力の高い選手がいる優勝候補が
相手でしたがあわてず、しっかりとゲームを作り、持っている力を出しましたが
少し運から見放されPK負けでした。津田少年時代のトップメンバーはエストレラへ。
長年共に育ててきたメンバーは他の街クラブや中体連へ。その中でも津田を選んで
少年時代になかなかレギュラーになれなかったメンバーが中心となって堂々と戦う姿に
少し感動です。スタッフ総力をあげてこの子たちをじっくり育成していきたいです。
それが我々スタッフの使命ですし私も高校退職した今かかわっていきたいと思います。
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■5月5日恒例になった「V神戸」スタッフ(21名)が津田にやってきて
少年たちとの触れ合いやスタッフとベーベキューや「研修会」で研鑽した一日でした。
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@市姫路高校(3月退職)は県総体(インターハイ予選)が始まりました。
1回戦6ー1・2回戦4ー0・3回戦4ー2、ベスト8シード明石商業と戦いたい。
明商監督は津田の教え子。1年半前には9失点。その後の市姫の成長を教え子相手に。
ーーーーーーーーーー<アナウンス>ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※今年から少年相手に「こころ塾」おとうさん相手に「オヤジ蹴球塾」を開講しました。
「子育てママ塾」同様、ご参加いただきぜひ勉強しませんか?!
*詳しくは津田のホームページに掲載しています。

樽さんの部屋、(市姫高)「 離 任 式 」更新しました

たるさんの部屋                    H28、4、11
(市姫高)「 離 任 式 」

「夢」は見るものではなく「叶える」もの。しかしほぼ「叶わないもの」でもある。
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・大学卒業後すぐ定時制の分校勤務、同時に飾磨の津田校区にサッカークラブ創部
※「10年後の夢プラン」
(1)3年後に少年で全国出場(2)10年後に社会人チーム作り県NO1をめざす。
<実際には>
☆3年後に県準優勝、翌年準優勝、翌々年は3位。結局は全国へはいけず。夢は、、、
<夢が叶わない理由>サッカー経験のない私の指導力不足が原因。
┳これは子どもに悪いと指導勉強、資格獲得のために全国各地を回って学んだ
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○29歳に福崎高へ転勤(津田少年時代に2位、2位、3位だった子どもたちが
はるばる山陽本線や山陽電車、播担線乗り継ぎ福崎高校へついてきた。
※30歳台「10年後の夢プラン」
(1)5年後に高校で全国へ出場(2)全国社会人大会出場(3)日本リーガー。
<実際には>
・3年後に西播で優勝、4年後に県ベスト8、5年後に県で3位、近畿大会ベスト
☆6年後にやっとファイナル(決勝)だが2位、近畿大会3位(1の夢)は叶わず。
☆☆☆日本リーグ(当時の最高峰)最終戦(ヤンマーVSトヨタ)の審判を担当。
*サッカー経験のない私が、、苦しく大変だった。やりとげた自分に(★夢)マーク。
〔個人〕国体選手5名。マルセイユ(仏)へ行った者。日本ユース代表候補が生まれ
日本リーガーが誕生(3の★夢)が叶う。
☆全国社会人サッカー選手権出場(2の★夢)が叶う。
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※40歳台「10年後の夢プラン」
(1)5年後高校で全国へ出場(2)全国社会人サッカー選手権出場
(3)個人としてJリーガーや日本代表を作る。
○41歳:琴丘高転勤。同時に難病から心停止(あと3週間との命と宣告される)
ペースメーカー埋込(1級身障者に)
・42歳:入院、手術、リハビリから生活から復帰
〔退院祝いとして〕
☆☆☆全国クラブサッカー選手権優勝(アマチュア日本一/鹿島)(2の★夢)が叶う。
・琴丘高とはいうと3年後に西播で優勝、4年後に県ベスト4
☆6年後にファイナル(決勝)。だが2位、近畿大会3位。(1の夢)は叶わず。
〔国体選手4名、Jリーガー4名、日本ユース代表でWユース決勝戦でスペイン
(シャビがいた)と対戦。日本代表が生まれる(3の★夢)が叶う。
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○50歳台「10年後の夢プラン」
(1)高校で全国出場(2)姫路地区強化のためにもう1つクラブチーム創設
(3)新たな自分の挑戦としてカウンセラー資格をとること。
☆☆社会人チームが第4回めの全国サッカー選手権出場(2の★夢)が叶う。
☆琴丘高再びファイナル(決勝)へ、、だがまたも2位(1の夢)は叶わず。
☆挑戦していたカウンセラー資格を6年かかって獲得(3の★夢)が叶う。
☆少年チームが県大会準優勝。(またも2位)
◆サッカー人生「シルバーコレクター」と言われるほど2位、準優勝が多かった。
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○60歳「還暦」の夢プラン*グランドと自然夢パーク建設
・3年前の63歳姫路高校転勤。
・3年後に琴丘高西播地区準優勝/少年チームが県大会準優勝。
※いよいよ退職をした今日から
「10年前に描いた夢プランの継続から夢実現へ向かいます」
<市姫のみんなへ>
今たるさんがみんなに話したように。
「夢」持つと「目標」ができる。「目標」ができると「計画」が立てる。
「計画」ができれば、あとは「実行(やるだけ)」やりつづけるだけ。
そのことを「努力」という。「努力」の才能を磨き「努力」の天才をめざすこと。
「思い」を続けて、「やり(実行)」続けると「夢」は近づく。
「言うこと、思うこと」は誰でもできる。あとはやるか、どうかは自分の問題。

 

<市姫のクラブ員へ>
先日サッカー部の「たるさんへの送別ビデオレター」にサッカー部ともに
「ありがとう」の人文字を作ってくれたソフトボール部。陸上部。
野球部のみんな「ありがとう」同じグランドでみんなの成長を見させてもらった。
テニスコートの横を通ると必ず声をかけてくれた女子テニス部「ありがとう」
すれ違うと優しく接してくれた女子バレー、バスケ部のみんな「ありがとう」

 

<市姫で授業したみんなへ>
保健の授業3分前の開始。
黒板を完璧にきれいにして机を真っ直ぐに並べて待ってくれた。
気持ち良く授業をさせてもらえたことに「ありがとう」
体育の授業チャイムが鳴る前に体操が始まる。
授業開始初めの「5分間」俺のしょうもない話に真剣に耳を傾けてくれ、
ときどき涙して聞いてくれたみんなに「ありがとう」

 

<市姫で苦しんだみんなへ>
人には言えない、家族にさえ言えないことを「たるさん聞いて」っと苦しい
胸を内を明かしてくれたみんな。いい応えを返せず「ごめん」でもこんな俺に
話してくれたみんなに「ありがとう」

 

<市姫のサッカー部へ>
みんながいてくれたから教員生活最後の3年間気持ち良くすごせた。
がんばることができた。みんながいなかったら今のたるさんはない。
おまえたちの素直に吸収し、それを実行する能力の凄さにびっくりした。
だからこそ伸びた、成長したと思うよ。
とにかく「ありがとう」しかない。「ありがとう」しか、、、、。

 

<最後にもう一度市姫のみんなへ>
サッカー部に「きれいに、さわやかに」の横断幕を贈った。
放課後、グランドに掲げているので市姫のみんなにも見てほしい。
市姫は「きれいな、さわやかな」学校。そういう生徒の集まりだから、、、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
◆43年間のことは今日終わりました。もうすんだことです。
過去の実績や栄光などとは「おさらば」です。
前へ、未来へ、夢に向かって行きたい。
その「夢実現」を果たすべき
たるさんがこれから作ろうとしているサッカー場とおかげの森、自然パークを
きっと作って「待ってるから、、、、」と言えるようにやっていく!!
ぜひ来て下さいね。

*繰り返すけど「夢」は見るものではなく「叶える」もの。
3年間「ほんとうにありがとう」
市姫は最高でした。

 

たるさんの部屋UPしました!

たるさんの部屋
H28、3、31

ご挨拶

◆3月31日退職辞令をいただき43年の教員生活を(無事?)終えました。
本当にありがとうありがとうございました。
姫路高校への転勤を命じられた時は23年いた琴丘高サッカー部への「思い」が
強すぎて公務員なら転勤はは当然のことなのですが心も重く辛く落ち込んでいた
ことも事実です。

その時に訪れて来てくれた琴丘高の現役女生徒が
「市姫にもたるさんを待ってる子がいるで」の一言が背中を押してくれました。

あれから3年。今は
市姫に来て良かったです。
市姫で素晴らしい部員たちと出会って良かったです。
市姫サッカー部の監督をさせてもらって良かったです。
市姫で教員生活を終えてほんとうに良かったです。

29日、最後の練習後に市姫サッカー部員に「別れの挨拶を、、、」食堂でと
事前に連絡していましたがなんと!?というかまさかまさかの光景が。
そこには孫を含む樽本家族。それに私の大事な大切な知人までいるでは、、、
送別会は主将の別れの言葉から心のこもったビデオレター。手紙。記念品。
最後は花道を作ってくれ全員と家族までハグできました。
鍛練してきたグランドへ出て全員写真撮影。そして「胴上げ」まで。
市姫サッカー部員の優しさ、あたたかさ、心配りを感じました。
家族にはなかなか「お礼」をいうタイミングが難しくどうするか悩んでましたが
部員たちの粋な計らい、サプライズに涙するしかありません。

60歳で還暦祝いを津田、福崎高、琴丘高の多くの教え子たちに祝ってもらえ
65歳退職セレモニーは市姫サッカー部にお世話になりました。
どこへ行っても「幸せな男」です。
「感謝」「ありがとう」しかありません。

津田SC、福崎高、琴丘高のスローガン「一所懸命、ひたむきに」から
市姫では「きれいに、さわやかに」の横断幕をいつか掲げたいと思っていましたが
念願通り掲げるに値するサッカー部となりました。
とくに退職前の市姫が戦った最後の西播リーグ2試合は壮絶でした。
一生わすれられないゲームに。そこには153本ダッシュの魂がありました。
その試合を琴丘OBまでもが見守ってくれました。これも感動です。

たくさんの卒業生からメッセージや花束などいただきました。
今樽本家の玄関は「花屋さん」のように「たるさん魂」が咲き誇ってます。

手を合わすしかありません。

ありがとうございました。

 

43年間の足跡「小史」
●23歳ー姫路北高勤務/津田サッカークラブ創部
※20歳台「10年後の夢プラン」
(1)3年後に少年で全国出場
(2)社会人創設(少年、中学から社会人一貫指導、兵庫県社会人リーグ入り)
・26歳*3年後に県少年6年準優勝(関西大会出場)
・27歳*県少年5年準優勝
・28歳*全日本少年サッカー県予選3位
●29歳:福崎高へ転勤(津田創設時4年生だった子どもと)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※30歳台「10年後の夢プラン」
(1)5年後に高校で全国へ出場(2)社会人で全国出場
・33歳*西播地区優勝
・34歳*県ベスト8
・35歳*福崎高県で3位、近畿大会ベスト8〔国体選手5名/マルセイユへ派遣〕
・36歳*審判2級審判資格習得(関西リーグ担当)少林寺拳法はじめる。
・37歳*福崎高県で準優勝/近畿大会3位〔日本ユース候補、日本リーガー誕生〕
*兵庫県社会人リーグ優勝
・38歳★全国社会人サッカー選手権出場(第1回め)
・40歳*日本リーグ最終戦(ヤンマーVsトヨタ)審判担当
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※40歳台「10年後の夢プラン」
(1)5年後高校で全国へ出場(2)Jリーガー養成
●41歳:琴丘高転勤/難病から心停止。ペースメーカー埋込(1級身体障害者に)
42歳:闘病生活(リハビリから)復帰
・43歳*西播地区優勝
・44歳*県新人ベスト4シード(神戸淡路大震災)
★全国社会人サッカー選手権出場(第2回め)
・46歳★全国クラブサッカー選手権優勝アマチュア日本一(鹿島)
・47歳*琴丘高兵庫県で準優勝、近畿大会3位〔Jリーガー3名に〕
〔日本ユース代表/Wユース準優勝メンバー/日本代表〕
・49歳★全国社会人サッカー選手権出場(第3回め)
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※50歳台「10年後の夢プラン」
(1)高校で全国出場(2)津田以外のクラブチーム創設(姫路の強化
(3)グランド建設 (4)カウンセラー資格獲得へ(新たな挑戦)
・50歳*スポーツクラブエストレラ創設(のちNPO法人化)
・51歳★全国社会人サッカー選手権出場(第4回め)
・53歳*琴丘高兵庫県で準優勝、近畿ベスト8
・56歳*NPO日本教育カウンセラー協会公認中級カウンセラー資格獲得。
・58歳*全日本少年サッカー県準優勝、県少年6年3位、関西大会出場
・60歳(琴丘高校再任用)
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※60歳台「10年後の夢プラン」
(1)グランド建設と自然夢パーク(2)エストレラと津田の強化、育成。
●63歳(姫路高校再任用)
・64歳*近畿スポーツ少年団ブロック優勝
・65歳*西播地区準優勝/県リーグ参入戦出場*少年5年県準優勝、関西大会出場
◆退 職
※「10年後の夢プランの継続から夢実現へ」

エストパーク

エストパーク詳細

 

たるさんの部屋UPしました

「たるさんの部屋」                 平成28年3月

卒業って何から卒業するんですかね?
生徒を送り出すという、毎年寂しい思いをする時期がやってきました。

出会った生徒たちを振り返る時期です。
怒ったり、泣いたり、大喜びをしたり、、、思い出をたくさんもらったり、、、
今はサッカーだよりや通信だよりなどを読み返したり元となる気づき書きとめた
メモを整理しまとめ反省する日々です。

ボールにつまづき倒れていた頃に出会った子どもたちが成長する姿を見ると
「思い入れ」が強くなる。そんな子たちともう会えなくなると思うと、、、
こういう思いを繰り返し43年の月日が流れました。

卒業(卒団)とは「旅立ち」過ごした場から「巣立つ」ことですよね。
だからこそ笑顔で明るく送り出さないとと、、思うんですが、、
毎年苦しくなるのですがこの気持ちはなんなんでしょうね?!
(みなさんにはなかなかわかってもらえないでしょうが、、、)
「いつまでも一緒にいたい。将来の「夢」を共にめざそう」と思うと辛くなる。
(いけないとわかっているのですが、、)子離れができないんです。
人のことばかり考えてるこの性格は43年間も続きこれからも直らないと思う。
本当に厄介な人間ですみません。でも、付いてきてくれる生徒も親もいるんです。
津田の〔ぬるま湯〕から飛び出し厳しい世界へ出ないと成長はないと願っている
親もいれば一方ではあたたかくて「ホッ」とする「ええかげん」が好きという方も。

私が43年間教師生活の経験から(断言)できることは
思春期(高校)年代は人として成長する時で絶対に〔教育/心の育成〕が必要です。
プロになるうまくなる試合に勝つことも大切ですが、この年代こそ強いメンタルを
身につけて心の綺麗な大人にならないと長い人生とんでもない将来が待っています。
高校退職しても自分の教職キャリアやカウンセリングマインドなど駆使した
得意な分野を発揮して思春期年代に「人間のプロ」を伝授し養成したいです。
第一は人間性。それが身につけば自然とサッカー技術も身につくものです。
人生「大器晩成」=思春期年代こそじっくり心を熟成する時期です。
でもこの考えも一人よがりかも知れませんね。
自分が自分がという傲慢(ごうまん)奢り(おごり)我がままかも、、、
私よりたくさんの素晴らしい指導者がおられその方々に預ければ人として躾け
育ててもらえますよね。そう祈り送り出すしか私にはできません。
純粋で素直な少年時代を大事に大切に愛(いと)しむように育てた子どもたちが
「しまった。。、こんなはずではなかったのに」と過去にも悩み後戻りできず
やり直しもできないまま一人苦しむ子どもたちを数多くみてきました。
このことが一番辛く悲しいですが、、(子どもの頃は凄かったのに)、、と。

話はかわりますが退職を目前にして今すごいことが私の周りに起こっています。
こんな私の指導方針を理解し信じて子どもを預けていただいた親御さんたちや
付いてきてくれた教え子たちが私の「夢ステージ=教育/心の育成の場」建設を
私の後方から多くの「徳」を持った人たちが支援し応援をしてくれているんです。
「お世話になった先生にせめて何かはできないか。。。」と聞きつけて、、、
(義理堅く恩を忘れない)親御さんたちや教え子たちの「あたたかい思い」を
すごく感じています。この思いがこれからずっと永遠に続くんです。
こんな〔幸せ〕な男がいるでしょうか??涙しながらの感謝の日々を過ごしてます。
65歳。今後の人生「この人たちのために返していこう」とあらためて誓ってます。
持つべきものは親御さんたちと付いてきてくれた教え子たちです。
夢実現に向けて突き進みます。詳しくは次号で、、、、

 

 

樽さんの部屋更新しました

たるさんの部屋            H28・2・1
きれいに、きれいに、さわやかに

高校生が成長する過程を短期間で出会いました。
そのことを紹介したくて掲載します。
それは今勤務し監督をしている姫路高校サッカー部の出来事です。
3年生前に赴任して一昨年6月新チームから取り組んだことです。
それまでは力はありながらなかなか発揮できないクラブでした。

ミーテングの内容を市姫高サッカーだより第92号に以下のように載せました。
ミーテングは次のような問いかけから始まりました。
◆市姫サッカー部が強くなるには何が必要か?
その答えは、、、
・技術(特に基礎技術=止める、蹴る)の向上。
・戦術を理解(チーム一丸)。
・心の強く(メンタル/不屈の闘志、戦い方、あきらめない=粘り強さ)
・試合運び(戦い方)のうまさ(かけひき、ずる賢さ)
・強豪チームとの対戦経験(自信が生まれた)
さまざまな意見どれ一つも間違いではありません。

今「強くなりつつある(進行形)」一つめの要因は
私はこう思っています。それは
きれいに」なっていることだと思います。
グランドが常に整備してあり鏡のようにきれい。ラインが真っ直ぐ引いてある。
ジャージ類が揃っていてきれいにたたんである。靴も並べてある。
清掃が行き届いてる。練習中ボールをはじめ使用用具もきれいに集めてある。
見渡すと「きれい」に環境が整っている。
それがクラブ活動は鍛える場であり「日本一きれいに」がスローガンとしています。
二つめの要因は
人(高校生)として「きれい」に「さわやか」になりはじめています。
第一印象が大事な挨拶。「挨拶をしてます」というやらされてる挨拶ではなく
あたたかく親しみが感じられる挨拶ができはじめました。
声を出すか、会釈か、黙礼か、つまり時と場面を考える対応力(感性、気づき)。
試合前後に交わす相手との握手。包み込むように両手で心から相手に敬意を表す。
握手された側もきっと何かを感じていると思われます。
ゲーム中にケガをすると敵味方関係なく治療に走り(私のチームの伝統)緊急時には
担架がわりにベンチ運ぶ姿がまたいい。

そうすると最近「市姫と練習試合がしたい」という申し込みが増えてきました。
初めは先生方が私を目当てで来校したり練習マッチの相手をしてくれていたものですが
今は間違いなく市姫部員たちと交流したいと望まれています。
それは相手選手だけでなく先生方、保護者、サッカー関係者も声を揃えて
「気持ちがいい」「きれい。さわやか」と評価され始めてることをみてもわかります。
「見ているとベンチや椅子が出てくる、そしてお茶までも、、」と感謝されている。

県新人戦予選全力を出しながら飾磨高に敗れ県ベスト8の目標を失いました。
PK負けのあとの整列。堂々と胸を張りきれいに挨拶していたのは大崎先輩が築いて
くれた(かっこよさ)を継承してくれました。
結果は時の運ですが「いさぎよさ」か嬉しかったです。

2年生が入学したての頃の心の中の「汚れ具合は?」どうだったか振り返ると
・オドオド感=自信のなさ。意見を言わない、後ろへ下がり影から見ている。
・素直でない=物事をまっ直ぐに考えない。力のないのに「エエかっこう」したい。
・違ったプライドが邪魔=ファールでごまかす。悔しさの表し方を間違ってる。
・妙な照れ、恥じらい=前に出て思い通りにしない。そのくせ人のことが気になる。
・正当化=ねたみ、ひがみ、悪口。文句、ぐち、言い訳。
これが減ってきした、いや、ほとんど聞かなくなりました。
私の仕事は部員たちの心の中の「汚れ」をきれいに掃除をすることです。
あまりサッカーを教えることはありません。
モチベーションを上げ「やる気」を起こさせることには細心の気配りはします。
生徒は自分自身で気づくと、自分で学ぶことを始めます。自分でやりだします。
すると強くなりそれがチームへと伝わってゆるぎのない「いいチーム」へと育ちます。
このことは福崎高でも琴丘高でも実践しそれを今市姫でやろうとしています。
過去結果を残せた学年は間違いなく「きれいに」になっていました。
今の市姫サッカー部員も近づこうとしている(それも自然に)
そのことはきっと自分でも昨年の自分と比較して全く違うと感じていると思います。
それが人(高校生)として成長している証であります。
そばでそれを見ている私も安心感があり「ほっ」とします。

レポートに「感謝」の言葉が増え自分自身を見つめる文言も多くなりました。
内面に潜む自分をさらけ出して書いてくるようになりました。
それと同時に生き方の探究である「人のために」がレポートに出て行動し始めた。
自分で頑張ってもうまくいかないことが起ります。
そのことを経験、体験しています。
ミスや失敗して負ける。泣きそうになる、苦しくて寝れない。逃げ出したくなる。
うまくいかないことの連続を。でもいい顔になっていっています。
入学してしばらくのおまえたちはほとんどは上の様に逃げていた。
今では嫌なこと苦しいことも「受け入れる=寛容=受容」能力が付いてきました。

しかし人間って学年が上になっても大人になってもわからない者はわかりません。
自分で「気づこう、直そう」としない限り年がいっても直らないものです。

「静岡遠征」掃除しているおばさんに対し頭を下げ(ご苦労さまですと)
掃除場所を避けて「端(はし)」通る心配りは自分たちが掃除をしてるからです。
そのおばさんこそが「時之栖スポーツセンター」を興された施設長=阿部先生の奥様
だったのです。
宿泊先「御殿場高原ホテル」周辺でのおまえたちの行動、ふるまい。雰囲気。
みんなを見られた先生、コーチらから好評価を得ていました。
すると「連れて行って良かった」気持ちがいいものです。するとまた部員たちに
「お返しして何かしたやりたい」と思うんです。
これからもっと自分を磨いて徹底して心の中の汚れを取ることをさせたいです。
「きれいにする」それに尽きると思います。
西播優勝とか県でベスト8とか試合に勝つことも大事ですが
「きれいに」なればまわりに「人」が生まれる「人」が集まります。

人生で夢を持って生きていくためには絶対に「人」が必要と思いませんか?
私が死にそうな時にこそ「人」がいてくれ共に悲しんでくれました。
今は私の「夢実現」に多くの人が力を貸してくれてます。嬉しいことです。
うまくいった時に一人で喜ぶのは寂し過ぎる。涙を流して喜びあう「人」がいる。
そんな人々に囲まれた時こそ「人生の勝利者」だと思っている。

3月退職に横断幕を贈呈。きれいに、さわやかにの文字で。

 

樽さんの部屋更新しました

                            平成28年元旦

               あけましておめでとう

  昨年1月3日津田40周年記念行事に盛大にパーティを催して一年が経ちました。
 一年がほんとうに早く感じる年齢になりました。
 いよいよこの3月をもってみなさまのおかげで無事43年間の教員生活を終えます。
 退職その日をどう感じるか?楽しみでもあり寂しさでも、、、でも夢は続きます。

 夢実現
  50歳で10年後(当時は60歳で退職)の「夢:プラン」を持ちました。
  NPOエストレラを興しサッカーをメインに総合型のスポーツクラブ運営の中で
  「夢」を持ちつづけ65歳退職を目前にしても夢はブレずに今日まで来ました。

  その「夢」こそ
 ◆自然に囲まれた「笑顔」溢れるコミニティ場の建設。
  (1)姫路サッカーを育成、強化の場。
  (2)サッカーのみならず未来を支える子どもの人としての教育の場。
  (3)キンダーから社会人までさまざまな年代の集団生活、鍛練の場。
  (4)年輩の方々やハンディを持っている人々が元気で活躍ができる場。

 夢の途中
  「夢」があるからこそ目標ができ日々に勇気と希望がわく。
  「どうすれば、どうやれば?」と考え悩むがその先に「夢・」があると感じれば
  「夢の途中」を楽しむことができ、今や生き甲斐となっている。

 夢の循環
   私の「夢」に共感した多くの教え子たちが「夢」を繋いでくれ
   その教え子の子どもまでもが「夢」を引き継いでくれる。
   私の生き様について共感し付いてきて力を貸してくれる。
   まさに「夢の循環」。幸せを感じずにはいられない。

  ーーーーーーーーーー<昨年末の報告>ーーーーーーーーー
〔津田SC〕
 12月末には「姫路市民大会(Uー11)」県大会予選を兼ねて行われた。
 ここ数年は殆どこのタイトルを取っているが今年の5年生は33名の大所帯。
 選手層は厚い上レベルも高く8年前に全日県大会で準優勝し関西大会でも好成績を
 残した学年を上回るのでは、、、と期待している。
 登録変更しながら多くが出場「優勝」を勝ち取った。今年大ブレイクを!!

〔姫路高校サッカー部〕
 「日本一きれいなチーム」目標にがんばっている部員たちへご褒美に。
 12月27日から「静岡遠征」へ。
 21年前に御殿場、裾野スポーツセンターを興された阿部先生と阿山さんとは
 15年以上お付き合いがありその地で市姫路サッカー部の思い出作りを計画。
 3日間快晴で絶景の富士山を背に。17面のサッカー場に最高級ホテルでの食事。
 対戦相手は秋田県と富山県選手権準優勝の全国レベル。だがなんと2チームに勝利。
 東京都選手権第1シード(ベスト8で敗れたが)と静岡県ベスト8チームに大健闘で
 あと一歩まで。市姫路サッカー部の全力でさわやかに頑張る姿や立ち居振る舞いに
 対戦相手の監督さんや阿山さんから高評価を得た。「さすが!俺の生徒」
 遠征先で気持ち良く過ごさせてくれた部員に感謝。ほんとうに行ってよかった!

 

                           平成28年 新春号

        43年間教師生活を終えるにあたって
      
 ・教え子たちや私に関係した人たちが私を評価してくれるとしたら(願望)

 ◆たるさんは「やると決めたら必ずやる」と。そう思われたい。
 *その理由(1)は
  「夢」はいつも持っている。だが「夢」はそう甘く簡単には叶わないもの。
  叶えるには相当の「執念」「死ぬほどの覚悟」がいる。
  死ぬほど努力してやっとうまくいき嬉しいことが起こるものと思っている。
  でもいくら努力してもほとんど(95%、いや99%)うまくいかない。
  だからがんばって、がんばって出来たときがメチャクチャ嬉しい。

  43年間振り返るといつも苦しかった。
  「人生楽しもうとか楽しんで」なんてあり得なかった。
  性格の悪さか楽(らく)なことはうまくいくはずがないと常に戦ってきた。
  また僻み(ひがみ)根性からか辛いこと人が嫌うことをやる時がおもしろい。
  そして「うまくいかない時こそどうするか?」かが自分の力を問われてる気がし
  「ピンチ」「最悪のケース」と思った時こそ勇気が出て立ち向かえた。
  「失敗や挫折、あと一歩で、、、」を何度も繰り返したその結果
  「うまくいかなくてあたりまえ、物はなくてふつう」ということを学んだ。
  手を抜いた時や何とかなると思った時に一気に潰されるのが怖いから(臆病)
  常に考えて予想し見通しを立てておくことに全神経を使ってきた。

 ◆「強烈な個性の持ち主」とも思われたい。
 *その理由は
 「個性」「アイデンティテイ(自分というもの)」を全面に出してきた。
  指導者は書物を読み研修会等に参加し人からのアドバイスも受けるなど常に勉強。
  一番の教材は生徒。教え子から学び、その学びをやめた時が指導者をやめる時。
  だが勉強しても人とは同じことをするのはイヤだった。
  「自分のものにしたい、たるさん色にしたいし自分で判断し決断したい」と。
  それでダメなら自分で責任を取る覚悟を持ってやってきた。

 ◆たるさんは「優しい、いい人」とも思われたい。
 *その理由は
  青春時代から30歳代はとんがって我が儘で自分勝手な頃に戻りたくない。
  41歳で大病をし生死を彷徨い今生きてることが奇跡。生きてるだけで「得」。
  不健康で無理が効かなくなりはじめて今までになかったことに「幸せ」を感じ
  不自由だが「不幸」ではないことも実感できるようになった。
  だからこそ残された命を「人のために」生きたい。
  自分のことだけで生きるのは悲しすぎる。
  人から「偽善者」と言われようがいい人でいたい。好かれたい。優しくなりたい。

  「心配性でそんなに気遣いしたら疲れるでしょう?」とよく言われるが
  心配こそ心配り。気遣いこそ自分が得意とする気を使うトレーニング。
  人が喜んでくれたり感謝してくれたら「心地良い疲れ」になるなら大歓迎。
  幼児からお年寄りまで、一緒にいると明るく、おもしろく楽しいと。
  初めて会ったのに以前から会ってた気がするとも。
  一度会った人からは「もう一度会いたいな」と思われたい。

         本年度もどうぞよろしくお願いします

 

たるさんの部屋更新しました

                             H27・9月号
             「たるさんの部屋」

  夏休みの成果

 まずは少年から
◇6年生のトップリーグ前期は他地域と姫路とレベル大きく大差をつけられ敗戦が
 続きましたが9月後期再開の4戦は何と2勝1分1敗と粘れました。
 1敗はセンアーノでしたが前期は0ー9の大敗から2度追いつきましたが最後には
 突き放されましたが試合になってきました。
 前期終了あたりからメンタルセミナー(学習会)を繰り返し、交換ノートを始めて
 守備の基礎基本を徹底して勉強会やテストして知識を植え込み意識づけしては実践を
 繰り返していけば徐々にできるようになり、できるようになると負かるかも負けたら
 という不安、恐怖から「やれる」という自信が生まれて今は「やる!できる!」と
 断定し言い切るまでになりました。夏の成果が顕著に出てきました。
 子どもの伸び(成長)は凄いです。
 秋の全日本少年サッカー大会県予選は本当に楽しみになってきました。
◇サッカーに対する情熱や意識が低く甘い4年生がなんと姫路市民大会準決勝進出。
 津田は強いものと周りは思っています。そして相手は思い切って向かってきます。
 だが今年の4年はそれを受けるだけの力はありません。
 その4年が大会が始まると戦い始めました。最後は力が及ばす3位に。驚きです。
 負けたあと「涙」を見せてくれたのも嬉しいです。やっと出た「悔し涙」
 これで子どもも親も意識が高まりもっともっとうまくなりたいと思いが出てきます。
 スクールに通ったり自主トレを始めたり練習に意気込みが沸いてくると思います。
 こうなればあとはスタッフの情熱、熱い思いで引き上げてやりたいと思います。

◇姫路高校は兵庫県高校サッカー選手権西播予選を突破し昨年に続いて中央大会出場を
 決めました。代表決定戦は何の因果か23年いた琴丘高校でした。
 ロスタイム4分。FKから決勝点を取り何とか県高校選手権出場を決めました。
  が、取った瞬間「なぜか?」私がピッチの中央にいるのです。わからないんです。
 保護者がそのシーンを動画で撮っていてそれをあとで見ると、、、灰色のシャツを
 着た腰の曲がったおじいさん(家族の言葉)がホロホロとセンターサークルに出て
 手を上げて踊っています。部員は違う所で一つになって抱き合ってますが、、、
 たった一人で。何とも恥ずかしいシーン(退席処分ものですね)
  県西播予選を兼ねた前期西播大会はファイナルまで進出し決勝戦を体験しましたが
 力及ばす準優勝に終わりました。
  準決勝は体育祭当日であり決勝進出を決めて大急ぎで午後から体育祭に参加。
 姫路高の体育祭は伝統があり「応援席」を丸太やパレル板などで組み立てての背後に
 デコレーションを設置し掲げます
 その準備や応援合戦の練習などほぼ西播大会期間の2週間は練習ができません。
 そんな中でクラス行事や準備を平行してやり遂げながらの決勝進出でした。
 やりとげた生徒の凄さには尊敬です。
 神様はそのご褒美に「準優勝」を与えました。私に似合うシルバー(2位)です。
 自分ではシルバーコレクターと思っています。
 県大会で高校で4回、定時制高校で3回、少年で3回もらってます。
  9月末から高円宮兵庫県リーグ入れ替え参入戦が3週間に及んで開催されます。
 すごい経験で思いっきり戦って準備ができます。
 10月17日からある兵庫県高校サッカー選手権中央大会に向かくために。

◇充実の9月でした。福崎高サッカー部の同窓会も何回かあり懐かしさのメンバーに
 会うとギラギラしていた30歳台が蘇ります。
 あと半年教員生活を思い切り楽しみます、、、ご声援よろしく!!

たるさんの部屋更新しました

 <津田ホームページ>
                             H27・夏休み号
             「たるさんの部屋」

  夏休みが終わりました。
 この夏津田ジュニア(少年)は招待大会に数多く参加しました。
 たくさんのチームから招待をしていただくようになりました。感謝です。

 朝練や週末もほとんど休むことなくスタッフにも大変な目に合わせました。
 そのスタッフに常々言い伝えることは、サッカーを通じて子どもの将来まで考え
 「いい大人へ」と願い津田の未来へ向けて「繋げる」子どもに育成してほしいです。
 実際現在の津田スタッフもそうして子どもの頃から育ち今が在ると思います。

 「自分のことだけ自分が一番」と「自己愛」で育った最近の子どもには、特に
 「人のために、利他の精神」で生きることの素晴らしさを教えたいものです。
 「無関心、無感動、無気力」の子どもにはあきらめず「この子を何とかしたい」と
 「情熱こそが人を動かす」と熱い思いで子どもに接するようにも伝えています。
  地道に活動をしていたらこうして多くのチームが招待してくれると信じています。

 6月に〔日本一きれいなチーム〕を掲げ高校生として将来の人として「生きる基礎」
 を作ろうとした姫路高校サッカー部には貴重な体験をさせるべき夏でした。
 今年は全国総体(インターハイ)が兵庫県(神戸や三木市)でありました。
 この機に何チームか全国クラスを見ることがありましたがどうしても私の性格上
 サッカー以外の立ち居振る舞い(行動、服装、姿勢、言葉づかい)が気になります。
 全国出場のチームにも「ウーム?」と思われるチームもかなりいました。
 勝つことが一番、優先なんでしょうね。勝ち結果を出すとステータスが得られますし。
 でもこの年代には何が大事なのでしょうか?
 指導者と懇意にしている大阪桐陰高、高松南高、米子北高の三校を姫路高校に
 来ていただきました。予想通り〔きれいなチーム〕でした。呼ぶ価値がありました。
 指導者の信念がセカンド(サブ)メンバーにも伝わってることが嬉しく思います。
 と同時に「ほっ」としました。岡山ファジアーノへ行った時も味わいました。
 この安らぎに似た安堵感は一体何でしょうか?
 この年代にはこれが大事だと思うのですが、、。やはり古い昭和の人間ですかね。
 現在兵庫の二強である神戸弘陵高セカンドチームと滝川二高には2年生チームが
 来校。同年代、同地域でも少年のころから「全国」を見てる意識の「違い」を
 市姫の部員に感じさせました。同時にチームの雰囲気も実感させてみました。

 この夏の楽しみの一つ「大山合宿」。初日は米子北高に合宿地まで来ていただき、
 二日めには大山登山を挙行。少し大山をなめて悪戦苦闘。やりきる大変さと制覇した
 「達成感」を得てチーム、仲間が「一つになる」実体験をさせました。
 もう1つの楽しみであった「聴覚障害日本代表チーム」が来校。
 世界大会アジア予選が9月にあり、その大事な最終合宿初日にたくさん合宿候補地が
 ある中でグランドは土でしかも実績も実力もないひ弱な姫路高校を選んでくれました。
 試合は強いフイジカルに飛ばされてながら激しい戦いに耐えて何とか引分けました。
 姫路高校の部員を少し見直しました。
 最後の挨拶には「来て良かったです」と言っていただき「ほっ」としました。
 ハンディを背負った上、恵まれない仕事環境の中で愚痴も言わず大好きなサッカーで
 「世界」に向いてる生き方や輝いた目を見た姫路高校部員には強烈なインパクトの
 あった一日だったと思います。サッカーだよりには次のように書きました。
 「体は不自由でも不幸ではない」「体の自由は効くのに頑張らないことが不幸」と。

 あっという間の40日。今年の夏もいっぱい貴重な「思い出」ができました。
 子どもや生徒やスタッフや出会った全ての方々へ感謝です。