たるさんの部屋
リニューアル!!

たるさんの部屋の内容を変えますね。
今は退職後、夢実現(エストパーク建設)に向かう一方で
時間があれば43年間を振り返り整理してます。
出会った生徒の話(実録)を書こうと思います。
その時々出会った生徒の手紙、メモ、整理ノートを見て思い起こしながら。
プライバシーもあり該当生徒には了解をもらうと同時に個人的な問題の部分は
一部変えていますのでご了承下さい。

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◇第1回目として2題
30歳台。教師力がなく、いつもこれでいいのか?こんな教師でいいのか?
悩んでなかなか寝つかれず、その日の「出来事メモ」もネガティブなことばかり
今読み返しても「暗いなぁ~」と思えることばかり。
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◆その(1) 「最高のラーメン」
クラブ(サッカー)を終えて夜8時に〔A〕の家庭訪問が予定に入ってます。
問題行動を2回起こして無期家庭謹慎の〔A〕が私を待っています。
(*謹慎中の生徒への家庭訪問は時間が許す限りほぼ毎日行くのが私の方針)
ところが腹が減って減って。〔A〕の家に近づくと最近出来たであろう新装の
「ラーメン屋」が気になっていました。
〔A〕の家に到着すると玄関先に正座をして(正座の強要はしてませんよ)
反省文と課題のノルマを前に置いて待っていました。
いつもおばあちゃんが迎えてくれます。
(*理由は詳しく書けませんが家庭の事情で両親は不在)
〔A〕に「おい、○○○(愛称)俺、腹減ったわ、そこのラーメン食べにいこー」
「どうせ、晩めし食べてないやろ、、、おばあちゃんも誘えや、、、」
さすがにおばあちゃんは遠慮されて二人でラーメン屋へ。
ラーメンを食べ始めると感じの悪い音が横でズルズル、、、ズルズルと。
「汚い食べ方する奴やなぁ~~」と見ると、ラーメンをすする音に混じって
涙と鼻水があふれ、それを見た私ももらい泣き。二人そろってズルズルと汚く、、、。
その間一言も話をすることもなく食べ終えてラーメン屋を出る。
車の中で〔A〕は一言。
「たるさん、俺がんばるわ。絶対にもうちゃんとやる!」
それだけで十分に気持ちが伝わってきた。もうこいつは大丈夫と確信。
教師づらして説教や説諭なんかいらないし、もちろんいい言葉など浮かばない。
反省文と課題をチエックして帰ろうとすると
「たるさん、ラーメンめちゃくちゃ美味しかったです。ありがとうございました」
ーーーーあれから30年近くがすぎたーーー
久しぶりに会った〔A〕も50歳に近づいた。
再会で言った私の言葉「おい、○○○(愛称)、ラーメン代450円返せや」(笑)
お互い、その一言だけで高校時代が一気に蘇りました。

 

◆その(2) 「おまえは俺の先生か!?」
〔A子〕はクラブB部のマネージャー。クラスの副委員長。人望は厚く仕事ができ
責任感があり高校生と思えない落ち着き。「ふわっ」とした日本の母という
雰囲気(ごめんなぁ、これたるさんのほめ言葉ですので気を悪くしないで)
家庭の事情から家から通える地元企業への就職希望。
推薦書も書きたいことがいっぱいありワクワクしながら合格を念じつつ思いを込めて。
午前中に入社試験のあと報告のため体育教官室にやってきた。
しかし一瞬〔A子〕が普段なかなか見せない不安そうな顔。そこで
私 :「何かあった、できなかった?」
A子:「試験はできたけど、面接が、、、」
私: 「どうしたん?」
A子:「家族のこと聞かれた、、」
私: 「えぇーツ!!」怒り、むかつき、腹立ち。
私はすぐに体育教官室を飛び出し進路指導室へ。だが担当の先生は不在。
次に校長室へ移動しようとした時
私の異変を感じたA子は追いかけてきて校長室の前で私をつかまえ
A子:「たるさん、どこへ行くん??」
私 :「もちろん受けた会社や!おかしいやろ、その面接って(怒)」
A子:「ええんや、たるさん。そんな会社なら合格してもきっと辞めることになる。
今わかって良かったんや、そんなとこへはいかへんから」
その言葉に 私、意気消沈
*以前A子はおばあちゃんと三者面談へやってきました。手を引いて。
その面談で私もおばあちゃんのこと大好きになっていました。

A子の「残念会」(祝賀会?)とおばあちゃんの「バースディ」をうちで計画。
おばあちゃんをサプライズで招待し、樽本家みんなで「誕生会」を楽しみました。
A子はその後も勉強をやり続け「公務員」に見事合格しました。
その変な面接のおかげで地元で「公務員」仕事となりました。めでたしめでたし。
「さすが!A子」というか、まるでA子は私の先生、進路指導、人生の師匠です。